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搬入/終わった所から始まる [アート論]

昨日は、多くの人の手を借りて、
搬入を、マキイマサルファインアーツと、ギャラリー手にした。

マキイマサルファインアーツに、ウインチがあったので、
予想よりは楽に出来たが、
それでも大きな皇居美術館模型彫刻の搬入は、
それなりに大変だった。

それと、南泰裕さんとの2人展といっても、
会期が1ヶ月あるので、
二人とも、力が入っていて、
作品展数が、異様に多い。

マキイマサルファインアーツの一階では、
別のグループ展が開かれているのだが、
それが陶器の展示なのだが、
これがまた異様に展示作品数が多くて、
過剰な美術展で、
両方が重なって、
活気に満ちた画廊になっている。

したがって搬入は、作業量が多くて、
優秀な人手が多く参加してくださって、
かろうじて出来たのである。

自動車事故も2つ起きて、
大事故にはならなかったので良かったのだが、
それなりには、たいへんであった。

南泰裕さんとの2人展の2回目だからこそ、
皇居美術館も含めて、建築を主題にする作品を、
複数並べられて、その複数の重なり合いが、面白い、
ものになったと思う。

一度目はギャラリー手でやったのだが、
画廊を取り巻く状況は厳しくて、
ギャラリー手は、より、商業性の強い傾向になって、
建築家との2人展は、嫌がられて、今回は
マキイマサルファインアーツにお願いした次第である。

そういう南泰裕さんとの共同性の刺激によって、
私の制作自体が、想像以上に展開できて、
とくに私の出発点にあるフロア・イベントという、床を主題にした作品が、
新展開を、いくつかの面でできたのは、収穫であった。

もうひとつ、「平凡アート」という、
1983年頃にアメリカの留学中に考えていたコンセプトが、
ようやく成熟して来て、2枚のキャンバス・ペインティングで、
本質的な意味で、確立することが出来た。

簡単な絵なのだが、
そこに《超1流》から《41流》までの多層的重層性を入れ込む事が
出来たのである。

他人のそうした制作の展開の話なんかは、
聞いても面白くはないだろうから、
あまり書かないつもりだが、
昨日も南さんが私の言葉として言ってくれたのは、
「終わったところから始まる」ということであった。

作品そのものの寿命というのは、予想以上に短くて、
正味は3年くらい展開すると終わってしまう。
前後入れて5年くらいの展開が限界なのである。

この終わった所から、
もう一度、同じネタで、再展開をさせて行く所に、
制作自体が、本質的に始まるのである。

たとえばオートバイに乗ることも、
大きな転倒事故を起こすと、10人中8人は、
それを期にオートバイを乗る事を止める。
私の友人でも、オートバイを止めている。
しかし事故後に、またオートバイに乗る人がいて、
こういう人が、本当のライダーになるのである。

サーフィンでも、やっていると波の動きで、
サーフボードが体に当たって、
肋骨を折るそうである。
肋骨を折ると、サーファーの大半の人は、
サーフィンを止めて行く。
しかしその肋骨を折った後に、再びサーフボードに乗る人が、
本当のサーファーになって行く。

試練というものがあって、
そういう終わりを体験してもなお、
その終わった所から始める事が、
制作でも、必須の作業なのである。

そうした制作の奥の深さを、
今回は、改めて、感じさせられたのである。

それと、南泰裕さんの制作や作品も、
ギャラリー手の時よりも深まって、
展示が終わって、
私との差異が、深い所で見える様になると、
その2人展をやる意味が、深い所で共振を起こして来て、
やって良かったと、本当に思えた。

美術関係の人は、どうしても建築家の展覧会を、
つまらな言うのだが、
そういう気持ちは分かるが、
しかし本物の建築を見る事を含めて、
追っかけて来ている事をしていると、
建築家の作業量の多さと、勉強量の多さ、
そして建築の費用の多額さゆえの、その制作の次元の厳密さが理解できる様になると、
格段に面白く見えるのである。

美術制作の厳密性の本質は、
美術よりも、むしろ建築の方にある。

造形性の厳密な探求性は、
建築の方が格段に優れている。
こうした面を吸収して行かない限り、
美術家の制作は、ただただイージーなものに流れて、
マイクロポップ化して行くだけである。


美術家の作品を見ても、勉強にならなくなっている現在、
建築こそが、美術制作の本質を内包した領域と言えるのである。

私の造形性の探求に対しては、
美術関係者からは、以前から批判が相次いで来ていた。
何人もの批評家からも、造形そのものが古くて、
そういうものに捕われる彦坂尚嘉は古いと、批判されて来ている。
しかし私は、その批判には同意しないで来ている。
彼らの視点の射程が短い事を、
私は知っていたのである。

日本の現代美術は、浅い。

私の考える美術は、全人類史の中に基礎付けて行くから、
もっと深いのである。

その差異は、どうしようもないものである。

浅い美術はつまらない。

深い美術を作りたいのである。

その意味で、建築は深いから、
面白いのである。


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大橋範子

彦坂様
こんにちは。以前彦坂様の著書を、予約した者です。
本は、早々と送って頂いたのですが、料金の支払い方が分からず、振込先の案内メールも来ておりません。
何回かメールで問い合わせしましたが返信がないためこちらに書き込ませて頂きました。
申し訳ありませんがよろしくお願いします。

by 大橋範子 (2008-06-07 12:27) 

ヒコ

大橋様
書き込み、ありがとうございます。
メールを差し上げたつもりでした。
つきましては、定価6400円の本なのですが、
料金を下記にお振込くださる様にお願い申し上げます。

消費税、送料を私の方で負担します。
振込を確認後発送いたします。

みずほ銀行 鎌倉支店760 普通1054064
ヒコサカナオヨシ

どうぞよろしくお願いいたします。


by ヒコ (2008-06-08 18:08) 

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