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横河健の建築(加筆1) [建築]

横河健さんの設計された
住宅を見学しました。

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場所は茅場町のオフィス街、
そこに昔の長屋が3軒あって、
その一軒の立て直し。

桜の木が一本あって、
それに絶妙にマッチした建築でした。

非常に解放感のある家でありながら、
プライバシー性が微妙に成立していて感銘を受けました。

1階は駐車場で、
2階が住居空間。
ここに8メートルのの内部の吹き抜けの空間の大きさがあって、
気持ちがよくて、
現代の小住宅のモダン空間の最良の一つであると思いました。

3階には3畳ほど畳の部屋があって、
ここからこの8メートルの大空間と、その向こうにあるガラスの
解放性、そして桜の木を愛でるという仕掛け。
花見の装置としての住宅が、内部構造として見事に成立しているのです。

はす交いが入っているのですが、これがパイプではなくて、
無垢の鉄だそうで、これによって鳥かごのような構造が成立し、
それによって、床が支えられているという建築。

つまり高圧線の鉄塔のように鉄骨メンバーを組み上げて、
狭い土地に、容積を利用しながら、都心にいて空高く住むという、
現代の至高性を目指した小建築。


屋上の空間も秀逸で、不思議な公的空間の中の私性があって、
拝見して良かったと思いました。
桜の季節は、この屋上から桜並木を見るのは、すばらしいだろうと
思います。




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秋田市体育館/渡辺 豊和の建築 [建築]

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秋田市体育館
《想像界》の眼で《第41次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《第41次元》の《真性の芸術》

《想像界》の建築
固体(前近代)建築  

《気晴らしアート》的建築、《ローアート》的建築

シニフィアン(記号表現)の建築
《原始立体》的建築、『ペンキ絵』的建築、【B級建築】


建築家の渡辺 豊和さんの建築です。
実は、以前にやった秘伝ディメンションという展覧会に、
某氏よりの推薦で、参加していただいた建築家です。

すばらしさと、古さ、不思議な建築であったのですが、
改めて芸術分析すると、秘密が、ある程度分かりました。

昔よりも、芸術分析が進んでいるからです。
まず、《想像界》の建築であった事です。
そして固体建築でした。

異様な古い感じは気になっていたのですが、
その原因が、固体建築だったからです。
氷解しました。

とにかく、建築も芸術も要素が多いので、
判断は、むずかしいと言えます。

秘伝ディメンション展への出品に際しては、別の某氏より、
強力な反対があって、それを押し切ったという経緯があったのですが、
その当時に分析力では、《想像界》の建築とは思わなかったのですが、
改めての分析で、《想像界》の建築と出ると、
これも納得できる事でした。
当時も、ゲームの中に出てくるような建築だとは、思ったのです。

なぜに、当時は、《想像界》の建築とは思わなかったのか?
《言語判定法》を当時使っていたのか、どうか、はっきり覚えていませんが、
芸術分析力そのものは、このブログを始めてからも、
成長して来ているので、
もしかすると、当時は、していなかったのかも、しれません。

それとシニフィアン(記号表現)の建築でありました。
これも古さを感じさせる原因になっています。
シニフィアン/シニフィエを、芸術分析の中で使い始めたのは、
最近なのです、当時は、気がつきませんでした。

実際に展覧会をご一緒した時にも、
ある気になる感じがあって、
そのままになって、以後のおつきあいは無く、
失礼してしまいましたが、
あの違和感の原因が、いくつか、分析できるようになって、
納得しているところです。

1980年代は、《想像界》の建築が出てくるのですが、
《第41次元》で、固体で、《想像界》の建築というのは、
かなりの異端建築家であると、言えます。

タグ:渡辺 豊和
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フーチャア・システムズ [建築]

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architect - Future Systems
location - Birmingham, UK  map
dates - 1999-2003
   
【出典】http://blog.livedoor.jp/modernarchitecture/archives/cat_50016624.html

《想像界》の眼で《超次元》の《真性の芸術建築》
《象徴界》の眼で《超次元》の《真性の芸術建築》
《現実界》の眼で《超次元》の《真性の芸術建築》

《現実界》の建築、気体建築。

《シリアス建築》《ハイアート建築》
シニフィエ(記号内容)の建築。
《透視建築》【A級建築】

シニフィエ建築であるということが、面白いですね。
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architect - Future Systems
location - London, UK  map
date - 1994
   


フーチャア・システムズ
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フーチャア・システムズというイギリスの夫婦の建築家です。
あとで、図版を追加しますが、
最近実際に建つようになってきていますが、
前は、アンビルドの建築家であったようです。

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安藤忠雄の竜王駅と渋谷駅 [建築]

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JR竜王駅で完成竣工式 

          

                            安藤忠雄氏が設計 山梨

2008.3.24 02:24

 世界的な建築家、安藤忠雄氏が設計したJR竜王駅(山梨県甲斐市)の新駅舎が完成し、23日、竣工記念式典が開かれた。

 完成したのは平成18年に着工した鉄骨2階建ての駅舎と、南北の駅前広場を結ぶ長さ約120メートルの自由通路。ガラス張りの外観で、富士山や南アルプス、八ヶ岳などを眺望できるのが特徴。式典で安藤氏は「市民と行政が一体となって、これから駅を育てていくことを期待しています」とあいさつ。藤巻義麿市長は「市の拠点、発展の核となるよう周辺整備を進めていきたい」と語った。南北の駅前広場は23年度に完成予定。

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安藤忠雄の竜王駅を見て来ました。

昔は、小さな駅だったそうです。

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私は、実は、安藤忠雄の建築は、結構な数は見ています。

先日も、

五十嵐太郎さんに案内していただいて東京地下鉄副都心線渋谷駅

(愛称「地宙船」)(東京都渋谷区)を見に行って来ています。

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さて、渋谷駅は、あまり面白くありません。

3層構造の駅は「地中の宇宙船=地宙船」も、凡庸なアイディアで

しかも、制約が大きくて、実質は貧しいものです。

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《想像界》の眼で《第8次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《超次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《超次元》のデザイン的エンターテイメント

《想像界》の建築、気体建築。

《気晴らし建築》《ローアート建築》
シニフィエ(記号内容)の建築。
《原始建築》【B級建築】

それに対して、竜王駅は、良かったです。

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《想像界》の眼で《第8次元》の《真性の芸術建築》
《象徴界》の眼で《超次元》の《真性の芸術建築》
《現実界》の眼で《超次元》の《真性の芸術建築》

《現実界》の建築、気体建築。

《シリアス建築》《ハイアート建築》
シニフィアン(記号表現)の建築。
《透視建築》【A級建築】

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
竜王駅は、何よりも、安藤さんのコンクリートが無い事が、素晴らしい!
とにかく《超1流》のものを、つくる力量の安定性は、素晴らしい!
ただ、《想像界》が《第8次元》で、
これは現代美術が繰り返しして来た手法で、少し気になりました。
線路とか、電車の格が《11流》というか、《第11次元》なのですが、
それと《第8次元》が、相性が悪いのです。

《第11次元》というのは、交通領域ですが、この美しさを取り込んで、
欲しかったと思いました。
つまり《第8次元》ではなくて、《第11次元》でつくって、
《超次元》と組み合わせて欲しかったのです。











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レム・コールハースの建築が火事 [建築]

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レム・コールハースが建築中の中国中央電視台本部ビル (中国北京

2004着工)2棟の内の一棟が、火災を起こし全焼しました。


CCTV付属の高層ビルで火災、

            1人死亡

 中国・北京で9日夜、建設中の国営テレビ局に付属する高層ビルで火災があり、火は約6時間後に消し止められた。この火事で、消防士1人が死亡、そのほか、地元のネットニュースは30人以上がケガをしたなどと報じている。

 火事があったのは、北京中心部に建設中の国営・中国中央テレビ(CCTV)に付属する高さ約160メートルのビル。日本時間9日午後9時半ごろに火が出た後、炎は高く燃え上がり、時折、爆発のような火花を散らしながら長時間にわたって燃え続けた。

 9日は旧正月の最後の日で、市民らが花火や爆竹を激しく鳴らして祝っていて、花火が引火したのが原因とみられている。

[10日15時4分更新]

NNN24


中国の8人死傷火災、原因は花火か

 CCTV=国営中国中央テレビの建設中のビルで起きた火災は、CCTVが雇った花火師が打ちあげた花火が原因だったことが明らかになりました。

 9日の夜8時半頃、CCTVの敷地内にあるビルで起きた火事。30階建ての建物は瞬く間に炎に包まれ、およそ6時間後、ようやく鎮火しましたが、消防隊員1人が死亡、CCTVの職員を含む7人がけがをしました。

 中国の旧正月といえば、大量の花火。9日はその締めくくりとなる「元宵節」でした。出火の原因はCCTVが雇った花火会社が打ち上げた花火によるものと見られ、10日夕方、CCTVが責任を認め、謝罪しました。

 中国国営の新華社通信は、警察が花火の箱を押収し、花火師から事情を聴いていると伝えています。(10日16:48)

[10日19時55分更新]






TBS NEWSi


テレビ局のビル火災、

 周囲の群衆から「悪口」も—北京

2月10日13時28分配信 サーチナ


北京市内で中国中央電視台(中国中央テレビ、CCTV)が建設中のビルで9日夜に発生した火災で、現場周辺に集まった群衆の多くが、中央電視台のビルのデザインで「悪口」を言っていたことが分かった。








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奈義町現代美術館 [建築]

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磯崎さんの《6流》性のなせる技なのだが、この円筒の長さが、
《1流》にするには、もう少し欲しい。短いのである。
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宮脇愛子の作品である。
《想像界》の眼で《6流》、デザイン的エンターテイメント。
《象徴界》の眼で《6流》、デザイン的エンターテイメント。
《現実界》の眼で《6流》、デザイン的エンターテイメント。

作品が簡単過ぎるし、何よりも芸術ではない。

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岡崎和郎の作品です。
ひさしの作品は、
《想像界》の眼で《超1流》、真性の芸術。
《象徴界》の眼で《超1流》から《7流》の重層的表現、真性の芸術。
《現実界》の眼で《超1流》、真性の芸術。

液体美術。
シニフィアンの美術。

インスタレーションとしても《1流》で、
少し物足りないけれども、良かったです。

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荒川修作の作品。

《想像界》の眼で《6流》、デザイン的エンターテイメント。
《象徴界》の眼で《6流》、デザイン的エンターテイメント。
《現実界》の眼で《6流》、デザイン的エンターテイメント。

液体美術。
シニフィアンの美術。

相変らずですが、荒川修作の作品は、
まったく芸術ではありません。

突き当たりを抜いて、風景が見える様にして、借景にしたかった。
龍安寺の石庭を下敷きにしつつも、独自の石庭をつくりたかったですね。
この円筒の筒を、もう少し長くしたかったですね。
まあ、もったいないものでありました。
もう少し、庭について、真面目に勉強して欲しかった。

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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

というわけで、
奈義町現代美術館に、伏見修氏の車で行って、見ました。
まあ、遠い。

磯崎新さん設計して、平成6年に開館した美術館です。

有名で、情報では知っていましたが、
今回始めて実見しました。

《想像界》の眼で《1流》、デザインワーク。
《象徴界》の眼で《6流》、デザインワーク。
《現実界》の眼で《1流》、デザインワーク。

一度は見る値打ちはある美術館ですが、
建築として芸術であるというものでは、ありません。

一番気になるのは、磯崎さんの建築の持っている《象徴界》の《6流》性でしょうか。一つ一つの事柄の理解や解釈に、もう一つの文明的な深みが欠けるのです。そこまでを要求する事が無い物ねだりと思いながらも、次の世代は、この磯崎さんの限界を超える事が必要だとは思います。とは言っても、実際のプランというのは、私の皇居美術館にしても、帝国美術館にしても、コンセプチュアルなものですから、とても磯崎さんの現実に建っている美術館に、文句を言える立場にはないのです。まあ、見て良かったです。伏見修さんとも、楽しい歓談が出来ました。


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建築家・南 泰裕さんの顔(加筆1) [建築]

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いま、マキイマサルファインアーツで、私との2回目の2人展を付き合っていただいている、
南 泰裕さんの顔である。

お付き合いいただいている方の顔を格付けするなどということは、
関係をまずくするから、するものではない。

だが、
先日のINAXのシンポジウムで、山田幸司さんからの質問もあって、
その時は答えずに逃げたのだが、帰って来て写真を見て、
格付けをしてみて、改めて、
自分が何故に、南 泰裕さんと
おつきあい、いただいているのかが、わかった。

《言語判定法》で、《超1流》から《7流》の多層的重層的人格。

《8流》から《41流》という裏の暗い人格は持っておられない、
正統な方である。

《現実判定法》で、《1流》。

《イメージ判定法》で、《1流》。

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界を持っておられる人格。

絶対零度/固体/液体/気体の4様態をもっている建築家である。

まあ、秘密がとけた思いがある。
やさしそうな顔をしていて、《超1流》の人なのである。

《超1流》というと、何か良い様に思うが、
彦坂の格付けで言えば、それは社会常識を超えているということしか、
意味しない。
つまり、「とんでもない人」ということである。

もともと私と南 泰裕さんとの共通性は、キルケゴールの愛読者で、
私は中学生の時に「死に至る病」を読み、
彼は高校生の時に「死に至る病」を読んでいると言う関係であった。

「死に至る病」というのは、絶望について書いている哲学書であって、
二人とも、若くして人生に絶望していたのである。

この南 泰裕さんという人も、だから、「とんでもない人」で、
前回の第1回の2人展の最初の打ち合わせは、
実はアートマネージメントの女性を入れて
3人で話し合ったのだが、延々6時間、疲れ果てたのだが、結論が出ない。
その女性は逃げてしまった(笑)。

この時の、南 泰裕さんのとりとめの無い知的彷徨につきあって、
私は、これは「とんでもない人」であると、
思い知るに、至ったのである。

私自身も、実は、地獄の様な「とんでもない人」であって、
そのしつこさに、へきへきとして嫌悪を隠さない美術関係者は多い。
美術家には、
会田誠さんのように、
いい加減に世界を見ることを方法として自覚化している人が多くて、
知的探求のしつこさが無いのである。
レオナルド・ダ・ヴィンチ的精神が欠けている人が多いのである。
岡崎乾二郎は、私のBゼミでの教え子だが、
彼にしたってダヴィンチの伝統はない。
岡崎は《想像界》の人で、
彼が好きなのは、熊谷守一のペインティングである。
《3流》であって、《超1流》ではない。

そんなダヴィンチ系の私が疲れ果てたという、
南 泰裕さんは、
そのいう人物なのである。

その異様さは、実は知的教養の豊かさを生んでいる。
先日のシンポジウムでも、
多様な実例と画像を駆使してくださって、大変に勉強になった。

アートスタディーズと言う、20世紀の建築史と美術史の洗い直しをする
勉強会をするメンバーとして、
南 泰裕さんを連れて来てくださったのは五十嵐太郎さんで、
南 泰裕さんは、20世紀の哲学を洗い直す勉強会をされていたから、
適切だと紹介されたのである。

本も書かれている。


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以上3冊は、単著である。
共著も多い。


私が、最近本をだしたのも、
実は、この南 泰裕さんを真似したからである。

南 泰裕さんのの『トラヴァース』という本の冒頭と、お尻には小説が収録されている。
私の『彦坂尚嘉のエクリチュール/日本現代美術家の思考』という本も、
冒頭に小説が入っているが、それは南 泰裕さんの本を真似したからである。

さて、私との2回の展覧会で見せられた図面やデッサン、そして模型も、
気の狂う様な数で、
南 泰裕さんはなんで、こんなに作るのかが分からないのだが、
とにかく、知力の限りを尽くす人である。

なぜに、これほど知力をつくすのか?

どうもいろいろ話を聞くと、建築家というのは、
こういう、しつこい人が多いらしい。
妹島和世さんも、とんでもない量のスケッチや模型を作ると聞いた。

《超1流》の人格を持っている人と分かって、はじめて納得したのだが、
とにかく、社会的理性をこえた、異様さである。
真面目すぎる人なのである。
しかも、その真面目さのなかに、
やさしさと、親切がある。
建築が善良さに満ちているのである。

そう言うと、真面目人間で、楽しくないようだが、
そんなことはなくて、
遊び友達で、楽しい思い出も、たくさんある。
夜の新宿をカラオケで遊んだり、飲み屋をはしごして飲んだり、
リスボンの古い街を、ファドを聞く為に、二人で探索したりもした。

ファドは、ポルトガルに生まれた民俗歌謡。
ファドとは運命とか宿命とかという意味であり、
このような意味の言葉で自分たちの民族歌謡を表す民族は珍しいと言われる。
イタリアカンツォーネフランスシャンソンアルゼンチンタンゴブラジルサンバがあるように、
ポルトガルにはファドがある。
そして、このファドを求めて、私は南 泰裕さんと夜のリスボンの街を彷徨したが、
しかしファドの店には、至りつけなかった。
ファドの意味するところの《宿命》に到達しなかったのである。


建築ツアーで、良い建築を見て、
一緒に賛嘆したりしたことも、楽しい思い出である。
一緒に丹下健三の香川県県庁舎も見たし、
白井晟一の芹沢銈介美術館 (1981年/静岡県静岡市駿河区)も、
見ている。

南 泰裕さんは、良い建築が好きで、率直に賛嘆する。
そういう《まともさ》がある。
しかし現代のような異様な時代のなかでは、
こうした《まともさ》は、貴重な事である。

南 泰裕さんは、私にいろいろ建築の見方の、
基本を教えてくれる。
リスボン建築トリエンナーレでは、
アルヴァロ・シザの建築をいろいろと、一緒に見ている。
リスボンからポルトまでいったし、
さらに奥にある
シザのマルコ・デ・カナヴェーゼスの教会も見に行っている。

南 泰裕さんのこの粘着性の理由が、
3界と4様態をもった、極めて多層的重層的な人格構造に、
あるのだということが、
今回、格付けをして理解することが出来た。
そして、この重層的人格が、
心くばりの行き届いた住宅をつくりだす。

少なくとも3界というのは、相互ブレーキとアクセルの関係なので、
南 泰裕さんのとりとめの無い知的彷徨というのは、
この3つのブレーキの存在ゆえである。

《象徴界》というのは、《想像界》にたいしてブレーキになる。
《想像界》というのは、《現実界》にたいしてブレーキになり、
《現実界》というのは、《象徴界》にあいしてブレーキになる。

お断りしておくと、
こういう見方は、彦坂独自の《言語判定法》での観察によってつくられた理論なので、
ラカンのセミナールに書かれている事柄ではない。

どれか、2つのブレーキを、外してしまって、暴走させれば、
早くに決着すると思うのだが、その決断を選ばない。
3つのブレーキが作動している人格者は、
下手をすれば三すくみになる。
三すくみを辞さない人なのである。

私には、こういう真似は出来ない。

ブレーキを踏んだまま車を走らせるのは無理なので、
何か行動を起こす時には、
とにかく、2つのブレーキを外してしまう必要がある。
そういう決心をする必要があるのだ。
南 泰裕さんの《まともさ》は、暴走を選択しない。

いや、この南さんの《まともさ》というのは、
《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもっている、
その複合的多重性の人格的成熟が生み出しているのだが、
成熟しているからこそ、《まとも》なのである。

私自身も、非常に《まとも》な人で、
美学の谷川渥さんからも「彦坂さんはオーソドックスですね」と
言われて来て、事実そうだったので、
こういうブレーキの存在は、良く知っているのである。
私の場合には《象徴界》が、異様に強いのである。

それがこうしたブログの言語を生む。
南さんの著作もまた、同じ様な理由かもしれない。

最近は、私はその頂点に至ってしまって、
その先をどうしようと、考えることになっている。

そうすると、ブレーキを二つはずして、
暴走させることの喜びが、見えて来たのである。
その辺の事情は、建築家の山田幸司さんや、
石上純也さんを見ているうちに、これもありだな、と
納得がいって来たからである。

とりあえず、まず、《象徴界》を外してしまう。
《象徴界》を否定するのは、《現実界》である。
《現実界》に、すべてを還元してしまう。

何故に、そういう作業が必要かと言えば、
現代という気体分子時代は、
人間の人格までをも、ばらばらに解体してて来ているのであって、
統合された人格というのは、素晴らしい存在であるが、
古典的すぎて、時代にそぐわないのである。

その場合、統合の反時代精神も重要だが、
しかし南 泰裕さんのように、精神の3界を持ち、4様態すべてを持っているという、
優れた人格の総合性は、
今の時代には、生きにくくなる。

その《まとも》すぎる建築は、
親切で、良すぎるのである。

人格を解体して、
《象徴界》を外してしまうことも、
ブレーキをはずさなければ、車は走らないのだから、
重要なのである。

ついでに《想像界》も外してしまう。

《現実界》だけになると、
とりあえず、すっきりと、自動車は走るのである。

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この屋上に芝生を敷いた家を、
私は最初にスケッチで見せられた。

素晴らしい家で、私もこういう家に住みたいと思った。

それから、南さんとのおつきあいが深まった。

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所在地      :東京都
用途       :二世帯住宅(親世帯+子世帯)
敷地面積/地域   :30.81(m2) / 第一種住居地域
建築面積/延床面積 :180.22(m2) / 195.46(m2)
主構造      :鉄骨造
階数       :地上2階 + ロフト
設計    :南泰裕(アトリエ・アンプレックス)
設計協力  :日高郁子

敷地の特性を十分に活かしつつ、
「光と風と緑の感じられる、明るくオープンな空間が欲しい」という住まい手のリクエストを最大限に実現した2世帯住宅です。

基本構成は、建築の大半を平屋とした上で、その上部を全面緑化し、
緑化斜面によって上下階をつなげる形としています。

これにより、1階と2階は地上庭・緑化斜面・屋上庭園によってつなげられ、
両世帯のそれぞれに十分な庭を確保しています。
また、半戸外的な空間が地上庭に繋がり、
屋上庭園を経て2階のギャラリーへとつながることで、
途切れることのない内部と外部のつながりを生み出しています。

内部空間については、両世帯ともできるだけオープンで開放的なプランとした上で、
必要に応じて仕切れるようにしました。
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南 泰裕さんの、最大の欠点は、
こうした、《まとも》な、
住むのに良い家を、
親切に設計してしまう事である。


南泰裕/アトリエ・アンプレックス《spin-off》

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この家は、オープンハウスで見に行っている。
3階建てで、三階が、各階で回転しているという家である。
だから、《spin-off》である。

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知的で、刺激的で、そしてシックな家であった。

この家のデッサンや模型は、最初の2人展であった
ギャラリー手で見ていたので、
なおさら、感慨深くて、心に残る家であった。

所在地      :東京都葛飾区
用途       :二世帯住宅(親世帯+子世帯)
敷地面積/地域   :65.90(m2)
建築面積/延床面積 :35.36(m2) / 86.01(m2)
主構造      :鉄骨造
階数       :地上3階 + ロフト
設計    :南泰裕 / アトリエ・アンプレックス
担当    :南泰裕 佐竹俊彦

東京都内に建つ2世帯住宅。周辺環境の特性を注意深く分析し、採光や通風、プライバシーの確保といった、
居住環境条件を総合的に考慮した計画とした。

その結果として、ブランクーシの「空間の鳥」を初期イメージとしながら、
建物が上部へと行くに従って、時計回りに少しずつねじれる形態を導いた。

それにより、太陽の軌道に呼応するように空間を配置させ、
自然光を最大限に採り入れるようにした。
このアイデアによって、外部の気配を感じ取れると同時に、プライバシーを保護し得る適切な形態が導き出されている。

内部空間については、1階部分を親世帯夫婦のスペース、
3階部分を子世帯夫婦のスペースとし、
それらをつなぐ領域として2階部分を共有の広間スペースとしている。

限られた敷地の中で、2世帯住宅として駐車スペース2台分、
水周り2世帯分、
テラス、中庭、ロフト、和室、オープンキッチン、屋外階段および屋外スペースと、
求められた設計条件を最大限に満たしている。
その上で、空間のつながりと分離、開放性と閉鎖性の両立を目指した。

構造的には、鉄骨ラーメン構造により、
これらの複雑な空間の組み立てが可能になっている。
なお、屋上スペースは、将来的に屋上緑化をほどこすことができるよう考慮されている。
外壁は、断熱材を挟み込んだガルバリウム鋼板とし、
さらにその内側に断熱材を補強することで、断熱性の高い住宅としている。

3層の家ということで、私は金閣寺を思った。私は外壁に金箔を貼りたかった。
下記は動画です。

すべてが馬鹿げて無意味になって行く時代に、良い家なんか、何の意味も無いのである。良い家なんか、いらない時代なのである。ひどい建築が喝采を浴びる時代である。そういう時代に、しかし、南さんは、膨大な作業量を経て、知的な、複雑な、良い家をつくってきた建築家であった。

南 泰裕さんのブレーキの下に眠る才能は、すごいものがある。どこかで、壊れれば、ブレーキは外れる。そうすると、悪魔の様に、ひどい家を設計する様になるのではないか? 絶望的にひどい、無知無能のかたまりのような家をつくる南 泰裕さんを、私は夢に見たいと思う。

すべてが解体して行く時代に、私たち自身の人格ももまた、壊れて行くのである。
建築も壊れて行く。芸術も壊れて行く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しかし、社会というものは、必ず是正するのである。社会的理性と言う《1流》領域を信じる必要がある。
社会的理性は、かならず立ち上がる。悪貨は、良貨を駆逐するという原理は、確かに不変である。
悪は強いのである。しかし悪は、永遠には栄えない。悪人は、かならず、滅びる。

むかし、日本酒が劣化して、甘い砂糖水になってしまったが、地方で良いお酒を造り続けた人たちは、
再び反撃する時代を迎えた。純米酒のおいしさは、奇跡であった。奇跡は、必ず起きる。

良い建築をつくりつづけることを、あきらめてはならない。
良い芸術を作り続ける事を、あきらめてはならない。
奇跡は、必ず、起きる。

悪い建築と、悪い作品は、無くなりはしないが、しかし必ず、衰弱する。



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建築家・山田幸司さんの顔(改題/加筆、改稿少しあり) [建築]


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韓国ソウルSSIデザイン学院大規模リノベーション

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浜松市田学園田町校舎


彦坂/五十嵐/山田・小.jpg

上の写真の右が、建築家の山田幸司氏である。
今回のマキイマサルファインアーツでの2人展を見に来てくださった時の、
記念写真である。
真ん中が、建築評論家・建築史家の五十嵐太郎氏である。
左が彦坂である。

撮影は建築家の南泰裕氏である。

今回は、マキイマサルファインアーツでの南泰裕さんと彦坂の2人展のオープニングと、
INAXのシンポジウムの2回も、わざわざ上京してくださった。
山田幸司氏は、名古屋を拠点にした建築家なのである。



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山田幸司
1969年、愛知県生まれ。
愛知工業大学学部建築工学科を卒業し、
石井和紘建築研究所に。

石井和紘は、安藤忠雄が入る以前の直島に、多くの建築を建てた
ポストモダンの代表的な建築家。山田幸司氏は、石井の元で、
直島の石井建築を多く手がける。

私が、山田幸司氏に会ったのも、
この直島建築ツアーでのこと。

1998年山田幸司建築都市研究所を設立。

受賞暦等
日本建築家協会優秀建築選2005
グッドデザイン賞2004
日本建築学会作品選
すまいる愛知県建築賞
碧南市都市景観賞
SDレビュー1998 新人賞

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

顔の鑑賞である。
《イメージ判定法》で《8流》。
《言語判定法》で、《1流》から《7流》の多層的重層的人格。
《現実判定法》で、《1流》。

《1流》というのは、通常の1流という意味ではなくて、
彦坂尚嘉の用語では、社会的理性領域という意味である。

かなり、とんでもない建築を作る人の様に見えるし、
お付き合いすると、大変に面白い方なのだが、
実は社会的理性領域に生きている方である。

《現実界》の建築家。
《想像界》《象徴界》はない。
気体人間。

《現実界》で気体人間というのは、
若手建築家の石上純也氏と同じである。

過激な建築に見えるのは、この辺の性格の現れであると言える。



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これらの画像は、山田幸司さんのリノベーション建築で、
2003年に設計を手がけた“笹田学園田町校舎”。

静岡県の浜松市にあって、今年の建築ツアーで、
私も見に行っている。

大規模リノベーションで、古い建築が、
地震への構造強化を含めて、
まったく新しい価値を持ったビルに生まれ変わった。

ファッション・広告・建築のスペシャリストを育てる浜松市の専門学校という性格もあって、
斬新なデザインが、校風の意味を強める効果を持っている。

この仕事で、「日本建築家協会優秀建築選2005」
「グッドデザイン賞2004」
「日本建築学会作品選」など多数の賞を受賞。

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写真とパースを見比べると、
3DCADで緻密なシミュレーションを行って、
建築していることが分かる。

建築は、美術と違って、
途中でのやり直しをすると膨大な工費の増額をまねくから、
精密な計画とシュミレーションが必要なのである。

山田幸司氏は3DCADの使い手としても有名だそうで、
有名建築雑誌のWebサイトで、
“山田幸司のスーパーモデリング講座”を連載する。

「建築家の多くは、プレゼンテーションツールとして3DCADを使っていますが、
僕の場合は3DCAD上で徹底的にデザインを検証する。
装飾の一部にもなるボルトの位置を、
それこそ1ミリ単位でシミュレーションするんです。
だからそのデータをレンダリングするだけで、精巧なパースになる
」とのこと。

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《イメージ判定法》で、《8流》。
《言語判定法》で、《1流》から《7流》の多層的重層的建築。
《現実判定法》で、《1流》建築。

《現実界》の建築。
気体建築。

先にも書いたが、
彦坂尚嘉の格付けでは《1流》というのは、
社会的理性領域である。
これほど、とんでもない建築をつくりながら、
しかし社会的理性性を強く示しているのは、
面白い事である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カナダに行くと、建築が美しいのに驚かされる。
何よりも《1流》建築が多いのである。
日本は《2流》建築が多い。
《1流》もあるのだが、それこそ丹下事務所がつくった新宿のオゾンなどは、
そうなのだが、かなり贅沢な建築になる。
普通の意味での《1流》建築は、
建設費が高くなるのかもしれない。
《2流》というのは、技術領域であって、
建築が技術領域で作られる事自体悪い事ではないのであって、
それを《1流》に持ち上げるのには、
まず、お金がかかるという事かもしれない。
山田幸司さんのこの《1流》建築は、
建築を《現実界》に還元する事で、成立している。
費用的に、それで安くなったのかどうかは、私にはわからないが、
《想像界》《象徴界》《現実界》の3界を持つ建築を解体して、
《現実界》だけにするという方法は、
ある過激さを示している。
この建築が、リノベーションである事と重なって、
《現実界》建築というものの、刺激が、
考えさせられるものとなっている秀作である。
ポンピドーセンター.jpg

連想する建築に、レンゾ・ピアノリチャード・ロジャースが設計し、
1977年に館したパリのポンピドーセンターがある。

《イメージ判定法》で、《8流》。
《言語判定法》で、《6流》と《7流》の2層構造。
《現実判定法》で、《8流》。

つまり格付け的には、山田幸司の建築は《1流》だから、
上なのである。

山田幸司さんの建築には、明らかにポンピドーセンターの影響と見えるものがあるが、
しかし格を上げると、
それは模倣とは言わないのである。

しかしポンピドーセンターは、
《想像界》《象徴界》《現実界》の3界を持っている。
そうした重厚性はあるのである。
山田建築は、それに対して《現実界》に特化することで、
よりシャープに、過激化している。
山田建築を見てから見ると、
ポンピドーセンターが古典的にも見えるのである。

山田幸司さんの建築や、石上純也さんの作品を見ていると、
もしかすると、《想像界》《象徴界》《現実界》の3界を解体してしまって、
《現実界》だけにするという、
つまり解体の手法は、あるのかもしれないと、
私は、思うに至っている。

解体という手法の限界もあるのだが、
総合化という手法の限界もあるのである。

今一度、私自身が過激化するためには、
再度の解体を選ぶ事も、選択肢として考えたいと、
思っている次第である。

まあ、しかし表現は、奥が深いのである。




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長野建築ツアー/伊東豊雄《まつもと市民芸術館》(加筆) [建築]

澄心寺.png
昨日は朝5時15分起きで、
6時出発、8時に新宿南口集合。

若手建築家の松田逹、林要次両氏と、
さらに松田さんを手伝っている松原独歩、大下かな子さんの4人と合流して、
レンタカーで、

長野県の澄心寺のコンペティション見学会に行った。

場所は箕輪町である。
新宿から中央道で、諏訪を過ぎて、伊北ICで下りる。

運転は松田逹さん。
私は助手席で、楽をさせてもらった。
若い3人は、後ろで、真ん中の大下さんがかわいそう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

澄心寺・庫裏(住宅部分)デザインコンペティション

概 要
伊那盆地に面した小山にある伝統ある禅寺「澄心寺」。地域の人びとの現代生活に対
応した新たな役割を先導するため、その庫裏(住宅部分を含む)のり・デザインを図
ります。

審査員

曽我部昌史/貝島桃代/成実弘至/五十嵐太郎/壇信徒総代会会長
亀崎元展晋山式実行委員会住宅担当長/晋山式実行委員会住宅担当

コーディネーター
小野田泰明 佐幸信介

応募資格
応募者は一級建築士であり、総括責任者として従事できること。

表 彰
最優秀賞(1点)500万円程度
一次審査通過者(3点)10万円

応募締切
2008年4月25日(金)必着

敷 地
長野県伊那郡箕輪町大字三日町289 澄心寺敷地内

住宅面積
50〜57坪

総建設事業費
3,750〜4,500万円(解体費、外構費、諸税を含む)

現地説明会
2008年4月6日(日)
一次審査
2008年4月29日(火)
二次審査
2008年5月18日(日)
実施設計
2008年6月〜10月

提出図面
配置図・平面図・立面図・断面図・投資図・スケッチ等・設計主旨
(上記の内容をA2用紙1枚にまとめて提出)

提出先
日本大学法学部・佐幸研究室
(〒101-8375 東京都千代田区三崎町2-3-1)

問合せ
日本大学佐幸研究室
Tel&Fax:03?5275?8785
URL:http://kokorosumu.web.fc2.com

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

なぜに美術家の彦坂尚嘉が、
建築コンペの見学をするかと言えば、好奇心である。

美術作品の作り方と言うものを洗い直して行くためには、
他ジャンルを観察するのは、一つの方法である。

自分自身の制作は、良い歳をしていることもあるから、
このまま、同じ事をして行くしかないのだが、
しかし、そう決めてしまったとたんに、
仕事は職人仕事になり、
つまらないものになって行く。

制作と言うものは、正味3年くらいしか持たないものであって、
常に刷新を考え、それを準備し続けないと、
8流に落ちてしまう。

途中で、サービスエアリアで、朝食を食べながら、
松田さんの事務所が作った建築模型を見ながら話したが、
それは、刺激的であった。

模型で見ていると、本堂よりも大きな建築を建てたくなるが、
しかし予算が決まっていて、決まっていると工法も自ずと限定されてくる。
複雑な形態を取ると、金がかかるのである。
お金とフォルムが、これほど直結的に結びついていると言うのは、
知らなかった。

美術作品だと、
手間ですむところが、
直接に大きなお金の問題になる。

現地に着くと、そのお寺が、写真で見る以上に、はるかに美しいのに、
驚く。《1流》建築なのである。

格式がある、小振りだが立派なお寺で、
内部も、驚くほどの太い柱と梁を持っている。

わざわざ建築コンペを開くまでになる理由が、
現地のお寺を見ると、分かる気がするのである。

この寺の美しさが、地域の人々を引きつけて来たのである。

それに日本アルプスを一望に見る景色がすばらしい。
天気が良かったせいもあって、
現場を踏む事の重要性を思う。
もっとも建築のコンペティッションというのは、
現場を見ないで応募した人が勝つということもあるそうで、
勝負は水物なのである。

説明界には100人を超す人々が集まる。
27歳くらいの若い住職がしっかりしていて、
彼の欲望と言うか、ニーズは見えてくる。
地域の若い人々がお寺に来られる様にしたいのだ。

これも刺激的で、建築を構想して行く、知的な枠組みが、
見えてくる。
寺の側の欲望の把握と、
建築家自身の欲望の交差を解かなければならない。

しかし建築というところで、交差するにしろ、
その施主の欲望と、建築家の欲望は、次元が違う。
この次元の違いが、重要だし、その問題を考えないと、
話にならない。

美術も同様であって、
美術を買うコレクターの欲望と、
作家の欲望は次元が違う。
この次元の違いの交差が生む問題がある。

この場合、建築家の欲望があるのかどうかが問われる。

正しい答えが必要なのではなくて、
両者の欲望の問題であると、
私は思う。

建築の施主の欲望や、美術でのコレクターの欲望と、
建築家や作家の欲望が、ずれている事が重要である。

単に施主やコレクターの欲望を、直接に解決し対応する人は、
建築家としても作家としても、たいした事は無いのである。
それは単に他人の欲望を実現する奴隷に過ぎない。

施主/コレクターと、建築家/美術家の欲望のずれこそが、
作品を成立させる。

今回もわざわざ建築コンペを開いてまで決めようとする若い住職の欲望は、
明快に言えば、建築そのものとして話題になり評価を得られる建築である。
おとなしい有用な建築にあるのではないと、
私は思う。
したがって建築家の積極的な意欲がないと成立しない。

低予算建築で、しかも既存の建築が《1流》である場合、
どうするのか?
建築としては小規模であるところが、
ポイントである。
ここに《超1流》《超1流》《超1流》の建築を、
低予算でつくる。
木と鉄とガラスでつくる。

建築としては、ハイアートではなくて、
ローアと建築である。
ローアートで考えないと、創造的なものは出来ない。

既存の《1流》建築との対比を重視しつつ、
木造での同質性を取る。

低予算と言う事で、
屋根はフラット。
正面はフラットは大型ガラスで、
内部は大きく、檀家のための談話室(吹き抜け)
と、住職の住居(主に2階)の2構造。

売りは、
高台の地の利を生かした見晴らしを楽しめる空間。

大自然の見晴らしと、
住職による、聞き役の徹した短時間の宗教的な対話的カウンセリングを
売り物にしたスペース。

あくまでも現代的な個人主義を軸にした、
宗教的な対話空間を作り出す。

側面のどうでも良い所に、
かなりの狂気を含んだ曲線の壁面を木でつくる。
低予算だから、木型の枠と、垂直の木材による工法。

まあ、私には1級建築士の資格はないから、
応募する事は出来ないのだが、
かってな夢想は出来るのである。

こうして奇妙なガラスと木造の建築構想が、
私の中に生まれる。

現地で、南さん、月橋さんにお会いする。

その後、伊東豊雄による《まつもと市民芸術館》を見学しにいく。

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伊東豊雄による《まつもと市民芸術館》、
これは驚きであった。

せんだいメディアテークが2流で、合法建築であったのに対して、
すばらしい《1流》建築で、しかも非合法性、非実体性のある、
芸術性の高い建築。

これは、のびやかで、ビビットで、しかも空間が大きい。

私はオペラシティの展覧会も見ていたが、
それでも伊東豊雄氏に対して、どこか冷ややかさがあったのだが、
今回は、熱くなった。

見事に化けて行く建築家である。
すごい!

何よりも、外形の形、そして明かりが入る不定形のガラスブロック、
さらにデコラティブなアルミキャストの壁面。
内部空間のひろさ。
すばらしい。

屋上庭園も見た。

その後、茅野市民会館を見に行く。

古谷1.jpg

古谷2.jpg

古谷3.jpg

茅野市民会館は、
古谷誠章さん設計
2007年の建築学会賞を受賞している建築だが8流建築。
立派だが、固く、創造性や、美しさが落ちる。

写真の下の2枚の部分だが、
門の様な入り口の部分は、木をつかっているのだが、
もの派や、廃材的な使用なのだが、
これがちぐはぐで、ひどい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
建築ツアーをしていて、楽しいのは
建築の人々は、他人の建築を見に行くし、
そしてそれに鋭い反応をする事だ。
良い建築は良いと言うし、
悪いものは,鋭く批判し、
しかも細部まで、丁寧に見る。

今日の美術家の多く、特に私の世代は、
まず、すぐれた美術を見に行こうとしない。
見ても、何が良くて、何が悪いかを明快に言わない。

その中では清水誠一さんは、希有な友人である。
彼は果敢だ。
でも、建築まではなかなか付き合ってくれない。

美術家は
自分の蛸壺に閉じこもってしまっていて、
視野の狭い人が多いのである。

まるで自閉していることがアーティストであると思っているかのようである。
そういう気持ちも理解出来るけれども、
しかし本当にそうなのであろうか?
自閉していて、芸術は可能なのであろうか?
私にはそうは思えない。

それと格の低いものを、
美術関係者は好きな事である。
一体何て駄目な人たちだろうと思う。
8流、6流、21流、そんなものばかりだ。

もちろん、そんな人々だけでなくて、
探求する若い美術家の友人と私は付き合っているのだが、
しかし、
もっと積極的に心を開いて、
良いものを見て、自分の芸術を高めて行っていいと思うのだが、
そういう大きさのある人が、もう、同じ世代の美術家にはいなくなってしまった様に
思えるのである。
もちろん、私の単なる主観で、単なる思い込みかもしれない。

何故に建築を見るのが好きかと言えば、
建築の人々は、
私から見ると
まともだからだ。

それだけ、建築は
社会的で、
そして現実だからであろう。
そして厳しい。



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オーギュスト・ペレの顔 [建築]

オーギュスト・ペレ1.jpg
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ル・コルビジェが学んだオーギュスト・ペレの顔である。
〈1流〉〈1流〉〈1流〉
〈象徴界〉〈想像界〉〈現実界〉の3界を持っている顔。
固体・液体・気体の3様態を持っている人物。

なかなかの人物である。

オーギュスト・ペレ( 1874〜1954年)はベルギー、ブリュッセル生まれ、
「コンクリートの父」と呼ばれ、
建材として用いられていなかった鉄筋コンクリートに注目し、
兄弟であるギュスターヴ、クロードとともに
鉄筋コンクリート造という新しい技術により芸術的な表現を追求し、
20世紀フランスで活躍した建築家。
フランクリン街のアパートメント.jpg
フランクリン街のアパートメント2.jpg
1903年、最初の計画から複数階を持つ建築物、
フランクリン街のアパートメントの実現に成功した。
鉄筋コンクリート造による最初期の近代建築。

Auguste Perret21.jpg
Auguste Perret30.jpg
Auguste Perret13.jpg
代表作であるノートルダム・デュ・ランシー(ランシーの教会堂)は、
ゴシック様式の空間構成と、
近代合理主義的な直線が組み合わされている。

Auguste Perret10.jpg
「オーギュスト・ペレによって再建された都市ル・アーヴル」は、北フランスの港湾都市ル・アーヴルの中心街を指す、ユネスコ世界遺産としての登録名。
第二次世界大戦後に行われた大規模な都市再建が、
20世紀における都市計画の優れた例証として評価され、
世界遺産に登録されている。
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