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制作 [日記]

今日は、相も変わらずの、ウッドペインティングの、
自分のお決まりの制作で、
1点完成した。

それが、自分では良くて、満足した。

作品としては、新しいところが無いわけではないが、
しかし、きばった制作ではない。
定番の作品なのだが、
それが良かったと言うのは、
嬉しい。

この調子で、こつこつと、作品が作れて行けると、
晩年が、楽しくなる。

つまらない話で、すみません。

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明日は越後妻有 [日記]

winter2009top.jpg
明日は、朝7時30分に代官山のアートフロント。
社長の藤本さんと打ち合わせをして、
8時から、奥野恵さんと新潟に行きます。
以下、予定です。

21日(土)  8:00 アートフロントギャラリー集合
       12:00 十日町で昼食
       13:20 田麦集落へ   島田君と合流。彼は彦坂と建築の寸法を測ります。
            
       夕方  奥野さんが、田麦に迎えに来てくれる。(もしくは島田君と彼の車でもどるかもしれ          ません)
            三省又は脱皮する家で夕食、泊まる。
 
22日(日) 午前中 松之山の空家調査 (奥野、彦坂)
       12:00〜14:30 奥野恵さん十日町鉢の真田小学校で打合せ この間、彦坂は自由にに行動。(奥       野恵さんの車をお貸りる。)
       15:00       真田小で合流。
       15:30       5名と合流 (真田小、又は農舞台)
                  帰路 東京へ     
    
       20:00ごろ     代官山

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

今日は彦坂敏昭さんに来てもらって、
気体分子ギャラリーのホームページ作りをしてもらった。
今回で2度目です。

欲張っても、更新が出来ないと意味が無いので、
ブログと組み合わせた形で、
進行中です。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

最初の気体分子ギャラリーの個展は、
伊東直昭さんで、
作品の方はほぼ出来上がって、
最後のつめの段階です。
うまく行っています。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

昨日は白濱雅也さんがアトリエに来てくれて、
「深川ラボ」の方向性についての話し合いをしました。
いまやっているデッサン展から見えてくる問題点をめぐって、
最後は、飲みながら意見交換でした。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
四国に電話して、ギャラリーARTEの梅谷さん、
そして糸崎公朗さんと、本日も話し合いました。
アートフェア東京2009の出品と展示の打ち合わせ、
そして読みです。

私が見て来た日本の美術界の性格で言えば、
いろいろな事が予想されるのです。



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消える事 [日記]

今日は、ブログを書いて、2度もしくじって、
消えてしまった。

意地になって、書き直したのだが、
どうしても、最初の原稿よりも、荒くなる。

まあ、そういうわけで、荒く書くのだが、

世界は変わってきていて、
かつての物質文明は、今日では情報文明に変わったが故に、
人間そのものが、シニフィエ(記号内容)人間になって来ている
ようです。

建築もそうで、シニフィエ(記号内容)建築が多く建っている。

もちろん美術も、若い人の作品はシニフィエ(記号内容)化した作品と
なっている。

音楽も同様で、
たとえば、LINKIM PARKリンキンパークを、
2枚、努力して繰り返し聞いているが、
《超次元》の良い音楽のだが、
私が努力して聞かなければならない理由をさがすと、
つまり私にとって聞きにくい理由は、
シニフィエ(記号内容)化した音楽だからです。

建築雑誌の『建築ノート』も同様で、
見ていて、こんなので良いのだろうかと思うのだが、
まあ、とにかくシニフィエ(記号内容)化して、
薄っぺらになって来ている。

まあ、江戸時代が明治時代に変わる様なもので、
物質文明であったものが、情報文明へと急速に、確実に変貌を
して来ている。
つまり物質文明が消えて来ているのです。

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建築系美術ラジオの収録/コラージュ展 [日記]

昨日は、建築系美術ラジオの第1回の収録をしました。

建築系ラジオと言うのは、
五十嵐太郎、山田幸司、南泰裕、松田達の4人が、
コアメンバーでやっているもので、
インタネットをダウンロードして聞くもの。
iPotに入れて聞いている人が多いとのこと。
日本でも全国のリスナーがいて、広がりがあります。
それに何と海外でも、聞かれている。
こうしたリスナーの存在が、インタネットで表示できるものがあって、
私は、見せられました。

興味のある人は、下記のサイトを見て下さい。

さて、その中に美術部門を立ち上げようと言うので、
昨日収録を、国立近代美術館で行いました。

コラージュ展というものを見ての、
放送です。
参加したのは、五十嵐太郎、南泰裕、天内大樹、そして彦坂尚嘉。

話は、美術展を見ての反応から始まって、
コラージュは何かという、本質論へ展開して、
その中に建築の話、レオナルド・ダ・ヴィンチなどの絵画の話が、
入り交じって、
たいへんに面白かった。

五十嵐さん、南さんの2人は知的な堆積が大きくて、
面白い。

天内さんは、若手の研究者で、
思想史 、美学・美術史 、建築史・意匠を研究しています。

大変贅沢な、座談会でありました。

アップされたら、またお知らせいたします。

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志田寿人さんの工房 [日記]

 志田寿人さんの工房に来て,一泊させていただいています.

志田さんは,この私のブログにコメントを良く書き込んでくださっている方です.

さらにラカンの読書会に来てくださった.

お会いすると生物学の科学者でいらして,アートもお好きな方で,

知的な方でした.

ホームページを拝見した時には,ちょっと抵抗があったのだけれども,

それは,ある古さでした.

古さというのは,わが身に帰ってくることではありますが,

時代的な意味での古さというよりも,シーニュ(記号)になっていないという,

そういう原初的な次元の薄明性です.

そういう事も自分にも帰ってくることだから,書きながら考え込んでしまいますが,

芸術とか,思想というものは,その人の自然性から切り出されて,自立化が

必要なのです.

切り出しが,完全に行われて,社会性が確立し,

その個人とのつながりが切れてしまうとデザインやイデオロギーになってしまう.

あるいは切り出した表現と,社会性がうまく合ってしまって,円環が閉じて,

自己回転してしまうと,8次元化が完了して,信仰世界を作ってしまう.

その手前の社会的自立化と,個人性のつながりの拮抗が取れている状態が

理想なのです.

その理想の均衡を形成するためには,アートはアートとしての自立した内部構造と

規範を形成していくことが必要なのです.

つまり個人の自然性の外に出ると同時に,

社会という,これも迷妄と迷信の自然性から自立して,外に立つ.

個人の自然性と,社会の自然性の,両者の外に立つ場所が,

アートの自立した人工性の構造世界なのです.

そうしないと他人に見えてこない.さらには時代を超えて生き残っていかない.

美術家としての志田さんには,

そういう意味で人間が絵を描くことの初源の薄明性があって,

その古さが,知的な善良さとして見えてくるという経験になったのです.

お会いして,工房まで拝見すると,その源初的薄明性は,そのままで良いのだと

理解しました.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が志田さんを評価したのは,出てきてくださったことです.

美術界の多くの人は,蛸壺に入っていて出てきてくれません.

出てくる精神は,簡単そうで,実は簡単ではないのです.

田舎の人は人見知りして,シャイな人が多い.

子供もシャイなものです.

シャイであることが悪であるはずは無いのだけれども,

しかし自然性という意味では克服されるべきものであって,そういう意味で,

悪だと言える.

シャイであるという自分の自然性を抑圧して,社会の中に出て行くという

切り出しをしないと,作家自体は成立しない.

問題なのは,この社会ということ自体にあって,社会は正確な意味では2重性を

もっている.

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越境して行くことが,何を意味しているのかは,正確には分からないけれども,

しかしアフリカの生まれた人類が,原始の時代に,移動し続けていたのは

確かで,こうした移動性が精神には重要なのだと思うのです.

さて,それで山梨県の甲府から電車で10分ほどの所にある塩崎まで来たのです.

こういう腰の軽さが彦坂の特徴で,こういう越境の中で他者に出会ってきたの

です.駅まで迎えに来てくれた志田さんの車で,志田さんの工房へ行きました.

松林の中に建つシンプレクサスという工房のたてものの1流のう美しさにまず.

驚きました.2棟あって,一つはコンテナーの金属の箱を十文字に組み合わせた

もので,白いのですが,入り口のひさしが効いていて美しい.

もう一つのかまぼこ型の建物も,木の階段を含むデザインが美しい.

志田さんが重機を自分で運転して作ったという手作りの建物で,内部に入ると,

手作りの荒っぽさも目につきます.その辺は,鎌倉画廊に似ています.

鎌倉山にある鎌倉画廊も,ご主人が自分で設計施工して手作りの建物です.

日本人で,こうした鉄骨建築を自分で手作りしている例というのは,私は,

寡聞にしてこの二つしか知りませんが,独特の素人的な良さがある.

建物の内部は,一つは志田さんの細胞生物学者としての研究施設で,

顕微鏡や細胞の培養機械器具が並んでいる.

もう一つは志田さんの作品の常設展示場で,こちらは,

内部に壁を作りすぎていて,引きがないくて,玄人的には問題のある空間.

作品を.みな,展示したかったのだろうと思って,ほほえましく思いましたが,

志田さんの空間感覚を表してもいるのです.

何も無い広がりである空間そのものを造形していくというのは,

実は理解するのは難しくて,なかなかプロの建築家でも出来ていない人が多い

のです.

それは絵画構造にも言えて,深い奥行きのイリュージョンの絵画であろうと,

浅いオプティカルイリュージョンの絵画であろうと,

何も無い空間の広がりそのものを形成していくことが重要なのですが,

これは理解しにくいことなのです.

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さて,志田寿人さんにお願いの提案をしたのは,

このシンプレクサス工房の場をかりて気体分子の伊東さんの

個展をさせてもらい得ないかということでした.

それも作品の展示スペースではなくて,生物研究室の壁とか,

住居棟の壁など,建築の内部の空間に作品がかかっているという状態の

写真が欲しいのです.

2週間の展示期間中に,その作品の展示写真をウエイブ上にアップする.

わざわざ見に来ない人にも,そういう形で伊東さんの絵画作品と,同時に

シンプレクサス工房の存在を見てもらう.

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伝統的なホワイトキューブでの展示という,貸し画廊的な空間と展示スタイルを

否定した形で,気体分子ギャラリーは展開したいと考えているのです.

しかし1度や2度ならともかく,繰り返していくとなると実際にはそういうことは

やさしくなくて,難しくて,続かなくなります.

そう簡単にはリアルな空間に展示して,しかもそれを毎回毎回変えていくことは

至難の技になるからです.

ですから2週間の会期で,ウエイブギャラリーを展開していくとき,すべてをリアル

^スペースではなくて,単なる画像の羅列も混ぜていかないとできませんが,

それでも,果敢に《別の展示》を追求してみる.


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建築系ラジオ [日記]

国士舘大学の梅ヶ丘校舎の10階は、見晴らしがいい。

建築系ラジオは、本日は「学生時代にやっておくべきこと」というテーマで

 収録しました。

公開録音で学生は、国士舘以外からも来ている。

私はあくまでも聞きに行っただけだったが、少しだけ収録に参加もしました。

ゲストは、堀井義弘、大成優子の2人の建築家。

もう一人面識のある樫原徹氏、そしてよく知っている建築史家の倉方俊輔氏。


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出先(加筆1) [日記]

出先なので、

あまり書けません。

指の話を書きます。

右手が腱鞘炎で、医者に行って、注射を打ってもらいました。

腱鞘炎の専門家の医者です。

 

今日はこれから国士舘大学で

建築系ラジオの公開収録を見に行きます。

 


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和田守弘回顧展とヨハン早稲田キリスト教会(加筆4改題1写真追加) [日記]

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故人となられた和田守弘氏の回顧展を
神奈川県民ホールに見に行った。

あわせて作品集も刊行されている

1970年代初頭、田村画廊を銅板で覆って、
さらにヴィデオを持ち込んだ作品は、当時見ていて、
それは印象深いものでした。

もの派的なものが、映像に転化していく作品であった。
同じ事は初期の真板雅文の写真とものを使った作品にも
言えて、こうした作品が、もの派展から削除されて来ている
ことは、美術史的には不手際と言える。

この後の和田の観念的なビデオ作品の展開が、
私には印象に残っている。


走り去った美術家の航跡1967-2006 和田守弘展

会期:2009年1月13日(火)~25日(日)会期中無休
開館時間 午前9時~午後6時 
*最終日は午後4時閉場
会場:
神奈川県民ホールギャラリー 第2~5展示室
[入場無料]
2007年1月59歳で死去した鎌倉市在住の美術家でヴィデオ・アート、ヴィデオ・インスタレーションの開拓者でもあった和田守弘の回顧展を開催します。1947年香川県高松市に生まれた和田は多摩美術大学絵画科を卒業、在学中から東京での個展や各種グループ展でヴィデオや写真、インスタレーションのほか、絵画やドローイングなどさまざまな表現手段で発表活動を続けてきました。70年代、80年代は個展のほかジャパン・アート・フェスティバルや横浜市民ギャラリーでの今日の作家展、神奈川県民ホールギャラリーでのEXHIBISM展、海外ではニューヨーク近代美術館でのTHE NEW VIDEO:JAPANなど、国の内外で活躍してきました。1984年には第2期ビクター・ヴィデオ制作奨励制度により奨学金を受けております。映像作品が大勢を占める今日の美術状況を見渡したとき、和田が追求した仕事はきっと若い人にも大きな影響を与えるでしょう。

〈出品作品〉
初期のころの先駆的なヴィデオ・アートやインスタレーション作品、銅板を使った半立体の作品や油彩による絵画、膨大な量のドローイングや大作のためのデッサンなどのほか70年代、80年代の現代美術の状況がうかがえる当時の写真や資料で構成し、再評価を図るものです。


今回改めて、故和田守弘という作家の全貌を見ると,
まず、その作品量に驚かされる。
かなりの数の発表を見て来たつもりだったが、
見ていないものが多いのです。

見るからに、展示作業は大変であったろうと思いました。
これだけの作品を、今後どうするのかも、むずかしい問題だろうと
思います。

まあ、しかし、ご遺族のご努力で、
これだけの回顧展と作品集をまとめられて、
現代美術の作家として幸せなことだと思いました。

故人のご冥福を心からお祈り致します。

合掌

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



その後
会場で一緒になった古い友人と
東中野に行って
韓国のキリスト教教会の礼拝に出た。

宗教法人・ヨハン早稲田キリスト教会というもので、
統一教会のようなカルトではなくて、
まともなプロテスタント系のキリスト教です。

とおもったが、帰って来て検索をかけると、
2チャンネルでは、カルトだという批判が書いてある。
勧誘がきついと言うのです。
創価学会やエホバの証人に近い勧誘方法で勧誘しているというのです。

BTH2576337_1B.JPG

私は勧誘されたわけではなくて、
友人が勧誘されて、私は好奇心だけで付いて行ったのだけれども、
2チャンネルの批判も、まあ、もっともと思って読んだ。

日曜日の集会であった。
800人くらいいて、礼拝は日本語で韓国人の牧師がやっている。
日本での布教を目指しているそうで、日本語での説教で、
全編日本語で進むのですが、それがすべて韓国人の日本語ですから、
なんともエキゾチックな世界で、不思議な感じに満たされる。

しかも、正面には大型のテレビスクリーンが2台あって、
そこに賛美歌の歌詞や、聖書の文句が出てくる。
それで歌を歌ったり、聖書を全員で朗読する。

ゴスペルバンドが出て来て、
ロック的に演奏する。

アメリカのTVキリスト教の様な感じで、
その辺の新しさが、若い人を引きつけているのかもしれない。

もともとは各種学校であったビルを、ほぼそのままにして
使っている。

かなりの数の教会が建設されているとのこと。
日本占拠を目指していると、
付き合ってくれた韓国人は言う。

その「日本占拠を目指す」という様なところが、
カルトと見られるゆえんであるだろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
と、書きましたが、これは聞き間違いで、
コメント氏からご指摘がありましたので、
訂正します。

「日本宣教を目指す」でした。

若い人ばかりいて、
こちらがつきあってもらったのも25歳の日本語のうまい韓国人。

目が覚めるような、体験だった。

何しろ、今時の日本人は、
宗教心が無くなっていて、
現代美術関係者だと、初詣に行っても,
手を合わせて拝む事も出来ないのです。

韓国へのキリスト教の定着と、
その若いひとへの拡大は新鮮だったのです。
しかも、それが日本への布教を果敢に展開しているのです。

しかし、その会そのものは固体性が強くて、
その意味では、韓国人社会は、近代以前の社会なのかもしれない。
あるいはこの宗派に封建的な体質の臭いがあるのかもしれない。
それがカルト的なことなのかもしれない。

その後、新大久保に出て、韓国料理屋で夕食を食べた。

とにかく、奇妙な体験で、元気になった。
異質な世界があることを知るだけで、面白いのです。

おおげさにいうと、現在の社会は、スーパーフラットではない。
《想像界》の眼で見れば、スーパーフラットに見える事は確かだが、
その横に、こうした異次元の信仰世界が活動を続けている。
それがカルトと区別がつかないところがあるにしても、
それでも若い韓国人が日本語で話しながら、
現実にキリスト教の伝道をしている。

韓国の貨幣のウオンが下がっているので、
日本での生活も大変でしょうね?
と聴くと、韓国人は日本でアルバイトをして働いていて、
日本で稼いでいるので、関係がないとの事。
生活する物価は日本の方が高いが、しかしアルバイト賃も
日本の方が良いので、大丈夫との事。

日本人は生活が楽になって、若い人は労働意欲がなくなっていて、
それに対して韓国人は、労働意欲があると言う事を話す。
実際のキリスト教の礼拝の中でも、一所懸命に働いて、
意思を強くして、人格を覚醒し、目的を達しようと言う、
そういう、やたらに前向きな、人格改造セミナーの様なのりでした。

私自身は、2回韓国には行っていますが、
つくづく思ったのは、キリスト教が、韓国には想像以上に根づいている事で、
そのことは、しかし奇妙な気がしました。

韓国は、総人口の約3割クリスチャンだそうで、
アジアではフィイリッピンにつづいて第2のキリスト教国家なのです。

クリスチャンの多くはプロテスタントで、とくに長老派メソジスト派が多いそうです。

これらのキリスト教会は、1910年の日韓合併の時から、

韓国の中での反日抵抗運動の3・1運動の参加して、戦って来ているのです。

そしてまた、神社参拝強要への拒否など、反日本運動を続けてきたということです。


私自身は、日本が、3回にわたって朝鮮侵略を繰り返していることを、

民族心理学的に、重要な事だと考えます。

江戸時代の11回にわたる 朝鮮通信使の来日という外交関係があるにもかかわらずおこなわれた、

日韓併合は、不当な侵略行為であり第日本帝国の帝国主義犯罪と考えるので、

こうした朝鮮民衆による反日運動を、私は高く評価します。

皇居美術館空想の中でも主張していますが、

日本政府は、日韓併合に対しては正式に謝罪すべきと考えます。

私の思想基盤は、あらゆる地域の最下層の民衆の抵抗権の擁護です。


李承晩初代大統領もメソジスト牧師出身であったということ。

朝鮮戦争後の韓国社会の中で、キリスト教の急速な普及があったそうで、

故郷を離れ孤独な人々が、キリスト教の宗教組織に入ったという事情があったようです。

最下層の孤独な人々が、キリスト教の帰依した事は、理解できるものです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

誤解されると困るので,念のために書きますが、

私はこの宗派に参加するつもりはありません。

あくまでも好奇心で、たまたま友人について行っただけです。

 

私は、新興宗教の歴史には興味があって、

その手の本は読んでいます。

最下層民衆の徹底抗戦の拠点として、新興宗教も含めて、宗教を、

単純には否定的に見る事はできません。

最近では日本の10大新宗教 (幻冬舎新書) 島田 裕巳です。

面白かったです。

五十嵐太郎さんの新宗教と巨大建築 (講談社現代新書) も読んでいます。

なんといっても大正維新をめざした大本教と、

それに対する大弾圧には、

大日本帝国の近代の抑圧構造が良く出ていると思います。

 



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日本ラカン協会 第6回ワークショップ [日記]

日本ラカン協会の第6回ワークショップが開催されたので、行ってきました。


日時:2008年7月27日(日) 14時〜17時

場所:東京大学駒場キャンパス18号館4Fコラボレーションルーム1

(京王井の頭線 駒場東大前駅下車)


タイトル ラカンと日本の現在

○提題者 遠藤不比人(成蹊大学)

「空虚な日本」という表象の精神分析 ——死の欲動の美的/想像的解消について


○提題者 樫村愛子(愛知大学)

ポストモダン日本社会におけるイマジネールと症候


なかなか楽しい会合でした。

遠藤不比人さんは、福田和也批判を軸にした、論議。


樫村愛子さんは、今の日本のイマージナルな症候、つまり《想像界》に捕われた病気状態の、分析というよりは、多様なその状態の報告でした。


レクチャーに対する質問では、私も質問しましたし、

終わった後の懇親会も楽しかったです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

明日は、浜松まで1泊で行きます。

浜松の奥の天竜に、天竜厚生会という施設があって、

そこに弟が収容されています。

55歳ですが、重度の脳性麻痺で、

さすがに、衰弱して来ているので、見舞いに行くのです。


 


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谷 新氏 [日記]

昨日は、月島のタマダプロジェクトの私の個展会場にいたのだが、
谷 新氏が来てくださって、久しぶりに、
長くお話しすることが出来た。

谷 新氏は、美術評論家で、現在、宇都宮美術館館長でおられる。
2000年光州ビエンナーレ・アジア部門コミッショナーをなされた。
著書には『北上する南風ー東南アジアの現代美術』

おつきあいは古くて、1972年頃からで、
文章も美術手帖や、みずゑなどで、長文の彦坂尚嘉論を書いていただいている。

国際展では、1981年か2年頃の
ヴェベチアビエンナーレのコミッショナーで、
私を出品作家として連れて行ってくれている。

◉◉◉

そういう意味で、
私に同伴してくださった代表的な美術評論家であって、
今回も見に来てくださって、
2時間を超えるお話をしてくださった。

実は、谷 新氏は、病気をなさっていて、
心配していたのだが、驚くほどに元気になられていて、
病気のお話もずいぶんとしてくださったのだが、
それも驚く事ばかりの話で、
お元気になられて、本当に良かったと思う。

現代美術の、それも1970年代と言う、
私も属している旧派の代表的な評論家でおられて、
そういう古い付き合いは、
最近の私は、あきらめて来てしまっていただけに、
懐かしくて、楽しい時間を過ごすことが出来た。

古い人間関係を大切にするというのは、
基本であると思う。
古い人間関係で、特にお世話になった恩義のある方には、
最近出版した拙著もお送りしている。
私自身は、義理人情を大切にする古い人間である。


◉◉◉

しかし最近はそれが難しいのも事実で、
せっかく会合に出かけて行っても、
喧嘩を売られて殴るはめになったり、
嫌な思いをさせられるのが積み重なるから、
避ける様になってしまっていた。

私自身は、たくさん悪口を言われ、
いじめられ、阻害されてきた人間であって、
今も悪評の中を生きていると思っている。
また被害妄想も激しくて、
だから過剰な防衛にも走る。

出る釘は打たれるというが、
私は打たれ続けて来た。

現代美術界という画壇の中での同調性では、
作品も創造性も発揮できないし、
文章も書き得ないのである。
だから溢れて来た。

◉◉◉

谷 新氏にも、
私は、日本の現代美術の洗い直しの会を、
提案した。

たとえば、高村光太郎の彫刻は大きな影響を与えたものであるが、
それは近代彫刻として、本当に優れているのかどうか?
実物の作品を前に見ながら、
それを複数の彫刻家や、美術評論家で議論討議をする。

過去には、一度だが、岸田劉生の回顧展会場で、
そういう議論の会をしたことがある。
美術史家の富井玲子さん。
東京画廊社長の山本豊津氏。
美術家の堀浩哉。
それと担当学芸員であった原田光、
そして私であった。

日本の近代/現代の美術の有名な作品の中には、
本当に良い作品なのか、悪い作品なのかが、
疑問であるものが多いのである。
これを洗い直したいである。
谷 新氏も元気になられたので、
また、そういう会を企画して、
ご参加をいただければと思っている。


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