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ラカンの読書会が増えています(加筆1) [日記]

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昨日、ラカンの読書会を、立教大学の私の研究室でやりました。
もっとも人数が、前回から増えて来ていて、私を入れて18人。
1階の研究室には入りきらず、
2階の談話室のようなところに移ってやりました。

日本語テキストを音読するという素朴な読書会ですが、
10人を超えると、活気そのものは出て来ます。

こういう会そのものは、20人が増大の限界ですので、
その限界に近づいていているだけですが、
読むと言う行為に力が入ります。

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私自身は、学生時代から、読書会をいくつもいくつも、
繰り返し、やって来ています。
資本論読書会。美術家論読書会。仏教研究会。
大きかったのは、現象学研究会。モダニズム研究会。
ネグリ/ハートの『帝国』読書会にも参加していました。

五十嵐太郎さんが、やはり読書会の話をしたことがあて、
彼の数も多くて、同じ様なことをやってきたのだな、
と思いました。

本なんか、独りで読めば良いという人の気持ちは分かりますが、
むずかしい本は、なかなか独りで読み通すのはむずかしいのです。
フッサールの『現象学の理念』から読み始めたフサールの本は、
極めて難解です。
ラカンも難解で、独りではむずかしいものです。

昨日は21回目でしたが、さすがにかなりの量が読み進んでいて、
感慨深いものです。

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私見を申し上げれば、
ラカンそのものの思想は古いものです。

ラカン理論が直接に影響を与えたのはダリの美術であって、
ダリはラカンの精神分析を受けていると言う事です。

ラカンは、彦坂尚嘉の人相分析で言えば、固体の人であって、
つまり前近代の人です。
そういう古いラカンを何故に読むのか?

フロイトは液体人間=近代人で、科学者ですが、
このフロイトを、ラカンは丸ごと肯定して個人崇拝することによって、
フロイトの持つ近代主義的な限界を解体して、
前近代的な古い固体性=人間存在の抱える古い前近代性/原始性にまで、
回帰して、人間精神の迷宮を解き明かそうとしたのです。

それ故に、1975/2001年おける近代の終焉以降の、
パンドラの箱が開いて、人間存在の鬼畜性/悪徳性が噴出してくる
情報化社会の暗黒世界=新中世時代の人間の苦しみに通底したのです。

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ラカンをインチキとする人々は正しいのであって、
ラカン理論は晦渋を極め、秘境の世界なのです。

私もラカンはインチキだと思いますが、
それゆえにこそ、真実に到達しているのです。
インチキを媒介してしか、真実には到達し得ないのです。

近代個人主義の解体否定において、
ラカンは透徹しているのです。

ラカンを読むのは、お経を読んでいる様なものですが、
昨日のところは、エディプスコンプレックスのところで、
面白かったです。

父親を殺し、お母さんとセックスをしたいとする
エディプスコンプレックスが、
幼児を観察すると、その起源が幼い次元に存在するとという
ことを問題にしているのですが、
彦坂尚嘉的に考えれば、
それは母親という子宮への固執であって、
性欲そのものが、子宮=蛸壺への回帰衝動ということになります。

人間の多くは、蛸壺に閉じこもる事で、性的官能世界に止まり続ける
のです。
これを切り裂いて、脱出し続けること。
この脱出を動機づけ、命じるものこそが他者であり
他者の欲望なのです。

他者の欲望に答え、他者の欲望を自らの欲望とする事において、
他者の矮小なエゴイズムに過ぎない欲望が、
普遍的社会=普遍的父へと転移して出現してくるのです。

もはや父と言う必要は無いのです。
父とは普遍的正儀です。
普遍的正義に男女差はありません。

他者の欲望を、普遍的社会=普遍的正義へと転移させ続ける事こそが、
私人という個人を、生き続けさせる駆動力なのです。

自己への欲望を捨て、
他者の欲望へと向う事、
ここにおいて普遍的《真性の正義》が出現してくるのです。




大木 裕之さんと会う [日記]

昨日は、横浜市営地下鉄の中川から歩いて3分の、
ハウスクエア横浜に行って、自作の写真撮影映画撮影をしました。

気体分子オフ・ミュージアムという形で、
展開を考えていますので、
これはこれで、別にブログに書きます。

映画は、自分でビデオカメラを回しました。

写真は、白濱雅也さんに撮影してもらいました。

その後、「深川いっぷく」に行って、
大木 裕之さんと、中華料理屋の八仙苑で、待ち合わせをして、
トマトと茄子をつけた天井を見てもらいました。


大木 裕之さんというのは、
映像作家で現代美術家でもあります。

大木 裕之 Hiroyuki OKI
1964
東京都に生まれる
1988
東京大学工学部建築学科卒業
1989
イメージフォーラム所属映像研究所卒業
1991~
高知県高知市に活動の拠点を置く
その後、新宿のphotographers' galleryに行って、
松井茂さんの1日展を見ました。

2次会も付き合って、
久しぶりに中ザワヒデキさんともあって、
松井茂さんと中ザワヒデキさんと3人で話しましたが、
これが、正直な自己省察を含む、面白いものでした。





映画撮影 [日記]

一昨日の2009年5月4日に、
甲府の志田寿人さんのシンプレクサスに行って、
映画撮影をした。

一緒に行ったのは、
今回の個展作家の伊東直昭さん、
そして佐々木薫さん、
もう一人田嶋奈保子さんでした。

映画と言ってもビデオカメラの撮影で、
本当は加藤力さんに行って欲しかったのだが、
彼が越後妻有トリエンナーレで現地に行ってしまったので、
その前に加藤さんのビデオカメラをお借りした。

初めてのビデオカメラの撮影で、
ミスがあって、せっかく撮影した画像を消してしまったのもあるが、
それでも、画像をコンピューターに取り込むと、
思ったよりもきれいに撮れていて、
安心しました。

これで、気体分子ギャラリーの映画を作って行こうと思います。

皇居美術館とフェイク・デス [日記]

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携帯でのスナップです。
ゴミも写ってしまっています。

手前の4点んは、大理石の石彫。

真ん中に、鏡の等身大の彫刻。
後ろの2体も、彫刻。

一番奥に、フェイクデスという、
私が実際に起こした交通事故の車の写真出力作品。

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皇居美術館建築模型彫刻です。

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フェイクデスの作品と、キュレーションをした浜田由美さん。

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横浜のハウススクエアーでの回顧展『
皇居美術館とフェイク・デス』の
搬入を終えて帰って来ました。

朝8時に藤沢の日産レンタカーで2トントラックを借りて、
手伝いに伊東直昭さんと、浜崎さんをお願いして、
結局夜の10時まで、かかりました。

この話は急でしたし、経費も出ないので、
まったく持ち出しでの展覧会ですが、
企画を立ててくれたのが浜田由美さんで、
彼女は、リスボン建築トリエンナーレに手伝いに来てくれた人で、
その恩義があって、実行しました。

でも大変に良い展覧会になって、
自分自身は、深い満足です。

会場写真は、後できちんと撮影して、また載せます。

立教大学の初日/深川の搬入 [日記]

立教大学大学院で、特任教授として教える初日が、
先週の水曜日でした。

2コマ教えました。

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実は、学生は、立教の大学院の学生だけではないのです。
何人かですが、学部の、つまり大学院以前の学生が、
聴講を希望しています。
さらに、ブログなどで、外部の学生が来てくれています。

というと多人数のように思いますが、
ゼミですので10未満の少数授業です。

何しろなれないので、
教室の1101というのが、分からない。
大学の敷地の地図を見ても、1号館というのが存在しないので、
11号館だと思って行くと、そこには誰もいない。

最初の授業はチョークもなくて、
終わってから教務に電話して、
チョークの置いてある場所を教えてもらいました。

とうい調子で、いろいろなことが、不慣れで、大変でありました。

次回は、何とか、パワーポイントを最低水準でも準備して、
やりたいと思っています。

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先週の木曜と金曜は、
深川の八仙苑という中華料理屋さんの天井に、
茄子とトマトを着ける搬入をしました。

これも1日ではすまなくて、
1日目が、田嶋奈保子さんと白濱雅也さんに手伝ってもらいました。
2日目が、佐々木薫さんと白濱雅也さん、さらに文房具屋のご主人の
分部登志弘さんに手伝ってもらいました。
ありがとうございました。

簡単そうに見えて、作品というのは、手間もお金もかかります。

八仙苑は、昼休みは3時から5時30分ですので、
この時間以外で見て下さい。
11時開店で、夜は遅いようです。


「深川いっぷく」から [日記]

「深川いっぷく」の白濱万亀さんから、
作品の依頼が来ました。
今、デッサンをつくっている最中です。

9点うれました。 [日記]

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アートフェア東京2009ですが、お客さんは来ています。
それには驚きがあります。

1日目が、7672名
2日目の昨日が、11、614名です。

作品もまあまあ、売れているようです。

私も、点数だけいえば、9点うれました。
安ですから、売り上げ的には赤字ですが。

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左が彦坂尚嘉。
真ん中が、瀬戸内海の鵜島の和船工房の船頭の松下哲郎さん。
右が、デザイナーの丸山孝広さん。

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夜は、このおじさん3人と、
ギャラリーARTEの梅谷幾代さんと、
会食しました。

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ギャラリーARTEとしても、
3人のアーティストで、そこそこの数うれていて、
まあ、やって面白く勉強できたという気持ちです。
しかし3日といっても、一昨日は10時半から夜の9時まで、
昨日も夜8時までという詰まり方なので、疲れます。

参加しないと分からない事が、
いくつも分かって、貴重な体験です。
80年代には、日本のアトフェアにはいくつも出していますが、
それとは、微妙に何かが違います。

まず、私の世代で出品している人は、少ない。
私より年上では、秋山祐徳太子さんが、出品していて、
たくさん売っていて、なかなかたいしたものです。

岡崎乾二郎も、中村一美も、辰野登恵子もいません。
大竹伸朗はいます。

遠藤戸谷もいないし、堀浩哉もいない。

私見を申しあげれば、1991年に区切り目があって、
ここが情報社会=インタネット社会の元年でした。
これ以降の現代アートと、それ以前の現代美術では、
まったく違ったのです。

この時代の敷居を超える事がむずかしい。
そこには、シニフィエ(記号内容)化と、
商業化=商品化という敷居があったのです。

商品化というと、悪い事のように思いますが、
それ以前の現代美術の虚偽性の方が問題なのです。
たとえば河口龍雄は、膨大な作品を制作していますが、
それらは商品として売れているのではなくて、
たぶん、私蔵されているものがほとんどであるのです。
美術市場には、ほとんど出て来ませんから、
そう考えるのが、合理的です。

作品数が多い作家が、
売れていないで私蔵している例は、いくつもあります。
そうすると、こういう形式だけでの量産というのは、
何の意味があるのか?
合理的には説明が難しいのです。

商品化すれば良いと言っているのではなくて、
商品化を嫌っていた現代美術家の作品制作の態度の中に、
奇妙な虚偽性とか、錯誤性、合理性の欠如があったのでは
ないかと言っているのです。

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今回、久しぶりに西村画廊のご主人や、
東京画廊の山本豊津、田畑幸人さん、
さらに双画廊の塚本さんなど、
古い知り合いの画商さんと、ご挨拶をし、立ち話をしました。

なつかしかったし、楽しかったです。
再び戦場で会えたという感慨ですね。

多くの人が来て下さって、
お話をすることが出来ました。

その中には、立教大学の授業を手伝ってくれる若い人も、
いました。
同じ世代の人間に、芸術のabcを話す気にはなりませんが、
若い人には、原初せいがあて、問題の所在が見えるので、
話す意欲がわきます。



ロイヤルパーク汐留タワー [日記]

さすがに制作にはげんで、

けっこう作品は数を作って、並べきれない量になりました。

こういうプレッシャーがあると、制作がアップして、発展するので、

こういう時にがんばって跳ねまないと、もったいないのです。

そういうわけで、2日睡眠も、少ししかとらずに、最後の追い込みをして、

今は、なんと汐留の高層ホテルの36階に泊まっています。

 

作品は、大きいので2tトラックをこのホテルの駐車場に止めて、

本当は、トラックの中で寝るつもりだったのですが、

ギャラリーarteの梅谷さんの提案で、糸崎さんと、

同室で明日を迎えることになりました。

ホテルが、特別価格で、安かったのです。

 

どうも糸崎さんとは金比羅の虎丸旅館でも同室で、

まあ、いい人なので、私の方は、楽しいですが、

彼には、少し気の毒です。

 

ともあれ、明日は朝8時に、有楽町の国際フォーラムに、

行って、入場を待ちます。

混むということなので、早くに行きたいのです。

 

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今回の制作では、多くの人に助けてもらいました。

佐々木薫さん、伊東直昭さん、山口麻衣さん、

白濱雅也さん、そして横山玄太郎さん、そして梅谷幾代さん、

ありがとうございました。

感謝です。

 

横山玄太郎さんには、

陶器でトマトと茄子をつくってもらいました。

その見立ての作品がどうなったか、ぜひ見てください。

 

小さな、皇居美術館彫刻も、新たに作りましたが、

これは一人で作っています。

私が、ブログを書くだけでなくて、

ちゃんと木で彫刻をつくるといのも、見ていただければと思います。

 

実際に並べるかどうかはともかく、達磨も作っています。

 

プロデユーサーとしては梅谷さんは、相性が良くて、

作品がうまく展開します。

彼女の結婚前の姓が楠だそうで、

楠正成がご先祖だそうで、その辺の所が良いのかもしれません。

きちんと議論して、自分の意見をはっきりと主張してくれるのです。

 

価格は、安く、低価格にするつもりですので、

極めてお買い得です。

作品のクオリティは高いです。

自分ではこの高いクオリティの達成感が一番うれしいです。


徹夜(加筆1) [日記]

昨晩は、完全徹夜で、いままで、起きていた。
今から、少し眠って、もう一つ仕事をしなければならない。

昔は、3日寝ないでもできたけれども、
今は、出来ない。

少し寝て、パッと起きて仕事をするというのは、
昔から、出来る。

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徹夜と言っても、昨晩やっていたのは、
金を節約する仕事で、
つまり、お金にはならない。

アートフェア東京2009年に、配布するチラシの作成を、
アートバイゼッロクスの大型機械が、木曜の10時から12時に
空いているのを見つけて、急遽刷ろとしたからだ。

A4で、裏表16頁を、イラストレエーターとホトショップで、
作った。

印刷機はしかし、一度レクチャーを受けたが、使いこなせなくて、
大苦労。
まあ、それでも裏表6枚12頁が刷れた。
800+800、400+400、400+400=2400枚
ああ、思ったより多かった。
疲れたはずです。

そして今やっているのは、小品3点です。
まったく新しいタイプを開発しているので、
面白い事は、面白い。

越後妻有でのフロアイベントの新展開(加筆改題) [日記]

新潟の越後妻有に来ています。
ここ数日雪が降って、1メートル近く積もっています。

夜、ここ三省ハウスに来ています。
ここは松の山の廃校を改造した宿舎です。

宿舎には、やく200人ぐらいの人が来ています。
冬の越後妻有のアートを見にきたお客さんと、
外国人アーティストを含む作家たちが泊っています。

500円の夕食をいただいて、
久しぶりに、賄いをしている飛田さんに挨拶をしました。
飛田さんは、2003年から小蛇というボランティア組織で活躍し、
2年前から越後妻有に住み着いて、継続的にこの宿舎の運営をしています。

再び、越後妻有トリエンナーレの悪夢が始まって、
間の時間が飛んでしまって、ずーと悪夢が続いているかの
ような気がします。
悪夢というのは、妻有での制作作業が楽ではないからであり、
同時に面白い経験だからです。

私は1回目から参加していますが、
作家は通り過ぎていくので、メンバーは入れ替わって、
今晩でも知っているのは、飛田さんと担当の奥野恵さんだけです。

今、こうしてブログを書きだせています。
AirMacを持ってきたかいがあるというか、
電波が飛んでいるのです。
こういうふうに、ネット環境が整っていると、
ほっと、息がつけます。

今年の夏の制作では、少なくとも、
ブログの更新は、できます。

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東京からの車は、若いアートフロントの社員の島田さんが運転してくれたので、
私は居眠りをしているうちに着きました。

田麦の福崎邦昭さんに家に行って挨拶し、
一度そこを出て、津南森林組合に行って、間伐材を見せてもらいました。

再び、田麦にもどって、邦昭さんが農機具の置き場に使っている廃屋のサイズを
島田君とはかります。

フロアイベントの新展開を、当初、竹でやろうと考えたのですが、
間伐材が安いという事で、ミックスを考えています。

この越後妻有トリエンナーレでは、
一回目から、今回の4回目まで、すべて、フロアイヴェンとをやっています。
だからといて、新しい事をやらないと、駄目なので、
毎回展開をしているのです。

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