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シュトックハウゼン(短編/加筆1) [音楽]

thursday.jpg

シュトックハウゼンNO7つのオペラから構成される「光」というのは、
総演奏時間約28時間という大作で、
その中の最初の「木曜日」を買って、聞いている。
「木曜日」だけでCD4枚組である。


この連作の第一作「木曜日」では、伝統的なオペラのようにある程度のストーリーようで、
ドイツ語のオペラなのだが、
想像していたよりは、ずっと聞きやすい。

《想像界》の耳で、《8流》
《象徴界》の耳で、《超1流》から《41流》の超重層表現。
《現実界》の耳で、《41流》

《想像界》《象徴界》《現実界》の多層表現。
絶対零度/固体/液体/気体の4様態同時表示。


シュトックハウゼン.jpg

シュトックハウゼンの顔である。
《想像界》の眼で、《超1流》
《象徴界》の眼で、《超1流》から《41流》の多層的人格。
《現実界》の眼で、《超1流》

まあ、すごい《超1流》人格である。
これほどの人は、いない!

カールハインツ・シュトックハウゼンは、
第2次世界大戦後の現代音楽の代表的な作曲家である。

先日、2008年5月16日アンサンブル・モデルンによる
シュトックハウゼン追悼公演東京ウィメンズプラザは、
私も聞きに行っている。
このブログにも、書いた。

年齢と時代変化があるのだろうけれども、
ロックやジャズ、ポップス、ラテン、民族音楽といったものに、
飽きて来ているのは確かである。
何よりもロックもジャズもラテンも、飽和してしまっている。
かといって、同世代の2人の友人のように、
いわゆるクラシック音楽に浸り込むという訳にも、行かない。

一つの理由は職業上の問題で、
私はコンテンポラリー・アーティストなので、
保守化する訳には行かないのである。

そういう営業的な面だけではなくて、
心底、固体的なもの(前近代)への回帰 が、
あまり好きではないのである。
もっともジャック・ラカンは固体だし、
富岡鉄斎は固体だけれども。

というわけで、晩年は現代音楽になりつつはある。
シュトックハウゼンは過激である。

まあ「木曜日」は,素晴らしいのだ。
買って聞いて、その影響で、
私のペインティングも、
《超1流》から《41流》の超重層表現を取る様になった。

もっとも、超重層表現というもののきっかけは、
その前に、原子力空母エンタープライズを鑑賞し、
分析したことが大きい。
エンタープライズと、シュトックハウゼンを、
重ねて鑑賞する所が、彦坂尚嘉の流儀なのである。

作品量は多いから、私の晩年はシュトックハウゼンのCDを,
全部聴くか!
真面目にそれも良いと思う。

ロックも、なかなか切れないのだけれども・・・。


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シュトックハウゼン追悼コンサート(加筆1) [音楽]

2007年12月5日にカールハインツ・シュトックハウゼン氏がキュルテンの自宅にてお亡くなりになりました。享年79才。

その追悼コンサートに行ってきました。
300くらいある座席が、満席でした。

●インターナショナル・アンサンブル・モデルン・アカデミー2008
シュトックハウゼン追悼コンサート

アンサンブル・モデルン
2008年5月16日(金)19:00開演
会場:東京ウィメンズプラザ 〒150-0001渋谷区神宮前5-53-67(TWS青山:クリエーター・イン・レジデンス隣接)

プログラム:

■ソロ フルートのための(1966)、

■クロイツシュピール(クロス・プレイ)
 オーボエ、バスクラリネット、ピアノ、3打楽器のための(1951)、

■小さなハルレキン クラリネットのための(1975)、

■「マントラ」2人のピアニストのための(1970)

ライブ演奏で聞いたのは初めてでしたので、
面白かったです。
演奏はドイツ人で、ひとり日本人がいましたが、巧かったです。

すごかったのは、何と言っても1951年の曲で、
打楽器と、管楽器の音が、凄い新鮮さで、驚きました。
年代的に言って、シュトックハウゼンの最初期の作曲のはずですが、
たいしたものです。
シュトックハウゼン自身の解説を読むと、初演ではスキャンダルになったと書かれていますが、
そういう破壊力の強い音楽です。
点描音楽初期の作品に属すると、書かれています。
コンセプトは、時間的・空間的なプロセスの交差ということで、各段階ごとの展開が解説文にはありますが、私の教養では、その解説文の意味する所と、実際に聞いた音楽の交差は起き得なくて、ただただ、凄いと、絶賛するののみであります。


最初のフルートのソロは、フィードバックのシステムの音楽でしたが、
非常に良くできていて、感心しました。

マントラは、聴きごたえのある演奏でしたが、気になったのは、音が、ブーバーの言う、我ーそれの関係になっていて、つまり音がカタログ化していて、
ちょっと、いいのかな?
という疑問はわきました。
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湯浅譲二の電子音楽(3) [音楽]

湯浅30.jpg

サンプルにしたのは、1枚のCDで、

《葵の上》(1961)
《マイ・ブルー・スカイ第1番》(1975)

このCDについては、すでに野々村 禎彦さんが、
批評を書いている。
http://www.web-cri.com/review/disk_aoinoue-nono_v02.htm

《葵の上》に対して、
「純粋に音楽的に聴くと、声の素材があまりに生の形で使われ、具体音や電子音の選択もテキストの意味性に引きずられすぎているという印象は否めない。」という感想は、同感だが、
問題はそれ以上の所にある。

湯浅譲二の音楽は、《超1流》《超1流》《超1流》という
すぐれたものなのだが、
しかし《1流》性が無い。

人類史の中で見て行くと、《1流》性こそが、芸術の基盤なのであって、
その基盤を欠いている。

同じ問題を、湯浅と同時代の建築家・菊竹清訓に見いだせる。

菊竹 清訓(きくたけ きよのり、1928年〜)は、日本の建築家。
2000年に「今世紀を創った世界建築家100人」に選ばれているほどの大建築家であり、
また1960年代後期から70年代にかけ、黒川紀章らとともにメタボリズムを提唱し、世界的に日本からモダン建築の新しい思想を発信した人物である。

しかし菊竹の建築は、《超1流》性はあるが、
何かが欠けているのである。
それが彦坂流に指摘すれば《1流》性が無い事である。

《1流》というのは、社会的な常識であり、
社会的理性である。
それは人類が文明を形成した時期に成立し、
そして伝承の中で維持されて来た世界である。

人類の狩猟採取期の制作物は、それこそ縄文式土器(中期まで)は
《6流》である。
《6流》というのは自然領域である。
それがエジプトでも、インドでも、中国でも、文明が成立すると、
突如として《1流》の制作物が登場する。
ピラミッドも、古墳も、埴輪も《1流》である。
《6流》から《1流》への飛躍に文明の発生がある。

従って《1流》性というのは、
文明的基準と言える。
この後に《2流》や《超1流》が出現してくる。

菊竹も、湯浅も、この伝承的な文明の《1流》性がもつ形式性や、
《1流》の常識的理性の外に出る事を目的化しすぎて、
それを維持する事を忘れているのである。

そのために、もう一つの深い感動や、
多くの人を説得する力を欠いているのである。

つまり先人が形成して来た文明の根本の継承性を、
見失っているという、
文化人としての基本の欠陥があるのである。

そうした性格と《葵の上》という伝統的な能の音楽の変形曲というのは、
ミスマッチであるのだ。
一見、伝統的継承性がある様に見えて、
音楽を聴くという事の本質的な理性性や常識性である《一流》性が、
ここには無い。
ただ単なる伝統的能の、前衛的変形作業に過ぎない様にしか見えない。
そこにあるのは単なる手続きと操作であって、それ以上の
音楽を愛して聴くという《1流》性がたち現れない。
愛せないのだ。

人々は、
驚くほどに《1流》のものを深く愛する。


そう、愛せないのだ。
湯浅譲二の音楽を、愛せない、
深く愛する事ができない。
愛聴できないのだ。

同様のことが、まったく正反対の電子音楽である
《マイ・ブルー・スカイ第1番》(1975)にも言える。
地球に生きている多くの凡庸な人間の中に培われて来た、
文明としての音楽が無いのである。
あるのは大宇宙の死の現実界である。
それは《空》であり《無》である。
何の意味も形成しないのである。

もちろん、その《空》や《無》に、
深い意味を感じる聴衆もいるのであろう。

確かに、良くはれた青空のように美しい音楽だとは言えるのだが、
しかし、青空の様な美しさは、芸術ではないのである。

湯浅譲二の音楽は、象徴界性を欠いている事においては、芸術ではない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

シンポジウム会場で湯浅氏のお話を聞いていても感じたのだが、
作曲が、依頼を受けてなされているものが多いようである。

つまりコミッション・ワークと、美術では呼んでいる注文仕事である。

湯浅氏の音楽は、確かに手間ひまお金のかかった音楽だが、
しかしコミッションワーク特有の、影の薄さを感じる。

もっとも建築も、建築家が自邸を建てる場合以外は、
注文されて建築を建てているのだから、同じではある。
しかしICCで見せられた様なメディアアートの場合に似ている様な事情が、
湯浅氏のような電子音楽にはつきまとって来たのではないか?

つまりスポンサーがいて、お金をかけて、実験的で、革新的で、
未聴感のある音楽や、映像や、作品をつくる。
しかしそれはあくまでもスポンサーの手のひらに上の表現であって、
表現として、真に自立していない。

湯浅氏が音楽をつけた映像作家の松本俊夫氏の実験映像作品にもこれは言えて、
そうしたコミションワークの限界が、感じられるのである。

スポンサー付きのこうした実験作品や前衛作品の本質的な弱さやつまらなさというのは、
美術の方からは、
どうしても見えてしまう。

前衛や実験に、自発性の命がかかっていないのである。



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湯浅譲二の電子音楽(2) [音楽]

湯浅31.png
(1からのつづき)

■ 白い長い線の記録 (1960)を聴いた。
松本俊夫の映像についた映画音楽である。

〈超1流〉〈超1流〉〈超1流〉
現実界の音楽
気体音楽

良く出来ている音楽だが、
聴いている私の中に意味が構成されない。
聴き終わっても、記憶に残らない。

■ ホワイト・ノイズによる「イコン」 (1967)

5チャンネルでの完全上演は2度目で、
1度目は1969年の代々木体育館のインターメデイアで、
私はこれも見ているので、2度目である。

これも工芸的とも言えるほどに良く出来ている音楽だが、
私の中に体験の内容の意味が構成されない。
聴き終わっても、聴いたという記憶はあるが、
ホワイトノイズを加工した音楽といった外部的な記憶と、
湯浅氏が強調するような宇宙的な音であったという以上のものが、
残らない。
《空》なのである。
何も無い。

湯浅氏の音楽は多くの賞を受けている。
ベルリン映画祭審査特別賞 (1961)、1966年および67年のイタリア賞、サン・マルコ金獅子賞 (1967)、尾高賞 (1972、88、97)、日本芸術祭大賞 (1973、83)、飛騨古川音楽大賞 (1995)、京都音楽賞大賞 (1995)、サントリー音楽賞 (1996)、紫綬褒章 (1997)、恩賜賞 (1999)、日本芸術院賞 (1999) 。

しかし聞く側からすれば、
CDを買っても,何度も聴く音楽ではない。

これはどうしてであろうか?

それは現実界の音楽だからである。

現実界の表現は、斬新で、面白いのだが、
しかし意味を構成しない。

想像界、象徴界、現実界の3界を持っていないと、
人間に真に感銘を与える大芸術にはならない。

何故に、湯浅譲二の音楽は、
現実界しかないのか?

それはジョン・ケージの影響を受け、
鈴木大拙の著作に傾倒しているからである。

つまり《禅》主義なのである。

だがしかし、禅宗というのは、
人類の精神史の中で、
すぐれたものであるのであろうか?

何よりも鈴木大拙の著作はすぐれているのか?

そもそも禅宗というのは、不立文字を原則とするために、
中心的経典を立てない宗教である。
つまり文字そのものを否定しているのであって、
したがって、鈴木大拙の著作を読んで禅を学ぶという事自体が、
禅宗の本質に反している。

禅を学ぶ基本は、師資相承を基本とし、
つまり先生からの直接的な関係でうけつぐことなのである。

つまり禅の本質は、文字を使わないという不立文字と言う性格にあるのであって、
鈴木大拙は、私見では、インチキということになる。

鈴木大拙を、私も読んでいるが、
彼の著作は推敲を重ねたものではなくて、
著作数だけは多いが、どれもイージーライティングであって、
私は感銘を受けなかった。

湯浅譲二氏がすでに述べた様に《超1流》のすぐれた音楽家であり、
その音楽も《超1流》《超1流》《超1流》である、
すぐれたものでありながら、
しかし、繰り返し繰り返し愛聴できる様な音楽ではなくて、
本質的な錯誤を含んでいるものと、
私は思う。

その錯誤を語ろうとすれば、
鈴木大拙批判から、禅宗批判、
さらにはジョンケージ批判までを必要とする様な、
たいへんな作業になる。

つまり、
それほどに深い部分で、
湯浅譲二の音楽は、
本質的な錯誤を内包している音楽であると思った。


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湯浅譲二のコンサートを聞く(加筆2)/時代の転換 [音楽]

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湯浅3.jpg

湯浅譲二のコンサートを聞いた。

作曲家・川島素晴さんと、同じく作曲家・山根明季子による
eX.(エクスドット)は、がんばっていて、
なかなか聞きごたえのある回顧コンサートだった。

■ ピアノのためのプロジェクション・エセムプラスティック (1961)

この演奏会冒頭の曲で、12の断片からなる図形楽譜の曲で、
川島素晴さんのソロ演奏であった。
前衛の音で、しかも硬質で、印象深かった。

1961年の作曲という事も、刺激的で、
歴史的には、前年の1960年にはテリー・ライリーの弦楽四重奏曲が登場していて、短いフレーズを繰り返すミニマリズムの技法が使われていて、それがミニマリズムのスタイルとなり、1964年の「In C」tというミニマル音楽の有名な曲になる。

湯浅譲二さんという人は、1929年生まれ。
音楽は独学だそうで、学歴的には慶応大学医学部出身である。
1951年に結成の《実験工房》に参加している人で、
したがって、1950年代の前衛音楽家と考えて良いのではないか。

つまりミニマルミュージックの登場する前に音楽的な身体性がある作曲家であるのだろう。

そういう意味では、
1950年代の初期の曲を聴きたかった。
「はじめにすべてありき」ということが言えるので、
1950年代の曲にこそ、湯浅譲二の出自が記録されているはずなのだ。

不確定性を持った図形楽譜を使っているという事では、
フェルドマンやジョン・ケージの影響の曲であって、
1950年代というのは、ジョン・ケージの「発明」の作品が多い持代なのである。
この最初のピアノ曲以外にも、
不確定性を持った曲はあったし、
基本的にケージの前衛神話の生きている時代の作曲家と言えるのかもしれない。

■観息 (1964)

これも1960年代の初期作品。
今回の演奏のために発掘された曲で、44年ぶりとのこと。

サイコロを振って進む、発声の音楽。
これも偶然性の音楽。
曲そのもののコンセプトは早いと思うし、良いのだが、
演奏者が後ろを向いていたのは、観客としては不満があった。

■電子ギターのためのプロジェクション―死者の奢り (1968)

電子ギターを使っていて、
これも、この手のものとしては音楽的には早いのではないかと思うが、
演奏はなかなか良かった。

演奏は1970年代のものから、2000年代の現在のものまで、
幅広く行われたが、
私の私的な興味は、どうしても初期作品に集中してしまう。

演奏された曲目が、前衛性、実験性の高い、普段なかなか
演奏されない曲目ばかりを選んでいることもあって、
かつてあった《前衛》という、そうした精神と形式が、
くっきりと見せつけられた思いがする。

音楽そのものは、超1流で、
ジョン・ケージの音楽の8流性とは違うものである。

写真で見ても、湯村譲二氏のお顔は立派なもので超1流である。
演奏もみな大変にすぐれていて、
たいへんに良いコンサートであった。

少し気になったのが、
音楽が何にによって成立しているかである。
聞き手にとっても、何を聴かされているかである。
その場合《前衛》を聴かされても、困るのである。
《前衛》の目的化では、音楽は成立しないし、芸術そのものが成立しない。
その辺に、少し疑問が無い訳ではなかったのだが、
しかしこの日に聴いたのは、必ずしも湯浅譲二氏の代表作ではなかったのだから、
もう少し勉強してみたいと思う。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実は画商のAさんに会って、
このコンサートに誘って、一緒に聴いた。

かれは大変に知的な人で、
湯浅譲二氏の音楽も楽しんでくれた。

かれは奈良美智を初期に買って行って大成功した代表的な画商で、
会田誠も買っている人だ。
その話を、コンサートの後に飲みながら聴いた。
きっかけはテリー・ウインターズで、今、国立近代美術館に入っている作品も、
Aさんの所にあったもので、
このテリー・ウインターズを介して、
奈良美智の異質性を速くにとらえて、成功したのだ。

テリーウインターズの作品展開というのは、
もともと彼はジャスパー・ジョーンズの助手をしていて、
初期作品は象徴界の作品だったが、それが想像界の作品に移行して成功する。
(その後に、作品は現実界の作品にまで、移行する。そして終わった。)
その意味で、それは奈良美智の想像界の作品に橋渡しするものがあるのである。

このAさんが画商を止めて、農業に移ろうとしている。
20年のこの時代に見切りをつけたようである。
それにしても農業をやるというのも、極端な選択だ。
画商に疲れたようであった。

先日の会田誠さんとの座談会でも、
会田さんが変貌しようとしているというか、
疲れているというか,
行き詰まっているというか、
そういうものを感じた。

噂では奈良さんも制作が出来なくなっていると聞く。
某美術館が奈良個展を企画したが、制作出来ない事をもって
断ったという噂である。

私見では村上さんの展覧会も朝日新聞の報道とは逆に、
一つの終わりを感じさせるところがある。
回顧展が、アメリカ水準のきちんとした学問的な回顧展になっていない。
ランドセルも不出品だし、
初期作品が出ていない。

他にも噂はいろいろ聴くが、感じるのは、
この20年という時代の終わりである。
何よりもこの20年を担った人々が疲れ、
飽き、そして限界に達している。

そしてアメリカの経済の弱体化と、
日本の沈没、崩壊である。
この激動によって、
1991年からの約20年が終わるのかもしれない。

2010年代は、暗く寒い冬の時代かもしれないが、
新しい表現の時代がくる。
そういう予感が強く湧くのである。

私のまわりも、やたらに元気が無いが、
希望を持てるのではないか。
私は冬の時代が好きである。


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ブライアン・ファーニホウの牢獄 [音楽]

2007年7月24日(火)

so-netのトラブルで、19日から、ログインできなくなり、
ようやく、回復する。
原因はクレジット・カードを紛失し、再発行されたら番号が変わってしまったのだ。それにともなってso-netの支払いが止まっていて、私が気がつかなかったのである。
そうするとまずメールが使えなくなり、ブログにログインできなくなり、あわてたのだが、原因を理解するのに1日をついやした。復活を交渉して、ようやく5日後に再開と言うこと。
・・・・・・・・・・・・・・・

月曜、23日にブライアン・ファーニホウという現代音楽の作曲家の作品を集めたコンサートがあって、帰ってきたばかりです。
すばらしいコンサートでした。

■eX.4 ブライアン・ファーニホウの牢獄■

日時:7月23日(月) 19:00〜
会場:すみだトリフォニーホール・小
料金:当日3000円、前売2500円

曲目:
Mort Subite(1990)
Carceri d'Invenzione IIc[想像の牢獄](1987)
Opus Contra Naturam(2000)
Incipits(1996)
Time and Motion Study II(1973-76)
In Nomine a3(2001)
Intermedio alla ciaccona(1986)
La Chute d'Icare(1988)

演奏:木ノ脇道元(fl)、宮村和宏(ob)、菊地秀夫(cl)、神田佳子(perc)、中川賢一(pno)、有馬純寿(electronics)、
辺見康孝(vn)、竹内弦(vn)、甲斐史子(vla)、多井智紀(vc)、溝入敬三(cb)、川島素晴(cond)

ファーニホウは「新しい複雑性」の作曲家。

あまりに複雑で、演奏困難な作品ばかりなので、日本では演奏される機会はまだ少なく、これだけまとめて聞けるのは貴重な機会。

8曲聞けて、2500円(前売り)は、すごいお得でありました(笑)。
出演者だけで13名もいましたからね。
みなさんのご苦労がしのばれます。

Time and Motion Study2は、
1970年代の曲で、これは《41流》ではなくて《超1流》でした。
それに液体音楽、私の言い方で恐縮ですが、つまり近代音楽でした。

これ以外の1980年代に入った以降の曲は、
すべて《41流》の《41流》の《41流》で、
しかも気体音楽、つまり現代の音楽になっています。

こういう変化は、ファーニホウにだけ起きているのではなくて、
スペクトル楽派を追いかけても、同じような現象があります。

(こういう視点は、いわゆる昔の現代音楽と言われてきたものに対して、私が、真性の現代音楽であることを疑っているからです。)

1980年代に入ると、
時代というか、文明の構造が変化したことが、
現代音楽の質的な変化としてあるように思えます。

ともあれ、CDでしか聞けなかったファーニホウの音楽が、
ライブで見られて、スリリングで、感動しました。
みなさん、すごい演奏でした。

特に木ノ脇道元氏の変奏を見られたことは、印象深かったです。

最後の曲 La Chute d'Icareは、すごかったですね。
ほんとうに気体分子時代の音楽!

それと楽譜をはじめて見ることができて、これは興味深かったです。
絵画性が高い楽譜ですね。
図形楽譜とすら言えるもので、興味深かったです。

とにかく、すばらしい体験でした。
元気になりました。


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