ブロガー [歴史/状況論]
朝日新聞のサイトをみていたら荻上チキという人の『ハブメディアを構築せよ』という文章に行き当たった。
http://publications.asahi.com/ronza/story/200805.shtml
荻上チキ氏は、1981年生まれ。
成城大学卒業、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。
著書に『ウェブ炎上』。
荻上チキの『ハブメディアを構築せよ』によると、
柄谷行人と浅田彰が編集委員を務めた『批評空間』は、
さまざまな意味で1990年代を象徴する批評誌だったという。
『批評空間』には私も、実は1つだが長文を書いていて、
今回の拙著『彦坂尚嘉のエクリチュール/現代美術家の思考』(三和書籍)に収録している。
ではこの21世紀のゼロ年代を象徴する批評誌は何だろうかと問われれば、
荻上チキは「ない」と答えるという。
そして2004年が「ブログ元年」であったそうで、
この年以降多くのブロガーがひしめきあうウェブ空間に注目が集まっているのだそうである。
彼の主張は、次の様なものである。
一つの媒体、一人の知識人、一つの思想、一つの運動に知的覇権を独占させようとする欲望さえ断念してしまえば、現在の言説はかつてないほどの賑わいにも見える。スターシステムを希求するが故に動きが鈍い雑誌論壇はさておき、もはや一人の知識人が全体性を代表するなどという態度はありえないということは、多くの者が受け入れている。だからこそ数え切れないほどのフリーペーパーやウェブサイトが点在し、日常化したウェブ上で小さなクラスターを形成している現在。それらメディア同士の緩やかな紐帯を築きさえすれば、創発的な誤配を多くもたらすことができる。批評誌なき、批評家なき状態においても、クラスター同士を瞬間的につなぎ合わせるハブメディアを構築すれば、適切な「批評装置」を構築できるではないか。
私自身は、そういう新しいメディアの状況には疎くて、
しかし美術雑誌に対する不満から、
自分のメディアとして、ブログがフィットしたのである。
先日『美術手帖』にひさしぶりに載ったので、
『美術手帖』は買うようにしているが、
しかし自分が読みたい美術批評雑誌がそんざいしないことから、
何よりも頭脳を鍛える為に、「ひとり美術雑誌」を書き出したのである。
自分の無意識に忠実であろうとしている雑誌である。
それが、こうした2004年以降のブロガーの波に重なっていたのである。
しかし、このブログの時代もまた、近未来、北京オリンピック以後には終わるだろう。
だからこそ、終わる前に、書けるだけ書いておこうと、思う次第である。
この荻上チキ文章はおもしろかったのだが、何よりも彼の肩書きに「ブロガー」とある事であった。
「ブロガー」という言葉に、恥ずかしながら、はじめて出会ったのである。
ブロガー(blogger)というのは、ブログを更新している人のことを指すそうで、
そうすると、私はブロガーなのであった。
名刺の肩書きに入れる事にする(笑)。(2008/6/3 1255字 状況論)











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