宮沢りえの顔 [新・美人論]







宮沢りえ(1973年〜)である。
オランダ人の父親とは、
母親と離婚したために、
幼い頃から別居状態だった。
母子家庭の経済を支える必要があったのだろうか?
11歳の時にモデルとしてデビューし、
程なく「週刊セブンティーン」の表紙モデル。
1987年に「三井のリハウス」の初代リハウスガール"白鳥麗子"役で注目を集め、
トップアイドルとなったというのだが、
私は、実を言うと、良く知らない。
あまり見ていないのである。
1991年、
篠山紀信撮影の写真集『サンタフェ』(Santa-Fe、)は、
人気絶頂時のヌード写真集で大ヒットし、
150万部のベストセラーとなったが、
これも私は本屋で表紙は見たが、こういう写真集を買った事は無くて、
見ないで来ている。
今、その断片を見ても、
彼女の悲劇性を感じさせる、
幼児ポルの的な
無惨さがある。



写真の年代的な順番には自信が無い。
前後関係がわからないのがあるので、
前後するのはお許しいただきたい。
私が、唯一、宮沢りえを、鮮明に記憶に残したのは、
1992年、貴花田(当時関脇)との婚約を発表したテレビの記者会見であった。
美男、美女の、当時国民的な人気を誇っていた2人の理想的カップルの婚約に、
日本中が沸き立っているテレビを見ながら、
私は、強烈に、これは嘘だと思った。
私の思いが呪いになったかのように、
短期間で婚約解消して
二人の婚約は破綻し、悲劇に転落して行った。






父親のこと、
そして婚約者の喪失は、
彼女を深く傷つける。




自殺未遂騒動や拒食症による激痩せなど、
貴花田との婚約解消騒動以後は、
特に拒食症の噂が絶えなくなり、
アメリカに移住するなどして、
一時期はほとんど芸能活動休止状態となった。





現在のこうした寂しい表情の彼女は、
美しいと思う。
非実体的な美しさである。
そして非合法的な美しさを兼ね備えている。
人間の人生の空虚性が、美しさとして、
結実している。
彼女自身が、芸術になっている。







《象徴界》《想像界》《現実界》の3界を持つ人。
固体/液体/気体の3様態を持つ人格。
役者としての評価が高くなるのは、
当然の、人格的成熟を持っている。





《イメージ判定法》で、《超1流》の美人。
《言語判定法》で、《超1流》から《41流》まで、すべてを持つ多層的多重的美人。
《現実判定法》で、《1流》の美人。
すばらしい美しさ!
芸術です。
しかもハイアートです。
そしてシリアス・アートです。
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宮沢りえの眼は、外部を見ていない。
同時に、内部をも、見ていない。
自己憐憫もない。
あるのは、《空無》を見る眼差しである。
彼女の様な女優を、
我々は、今まで持った事は、無かったのではないか?
希有な存在ではないのか?
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ひこさか なおよし/1946年、東京世田谷生まれ。ブロガー、美術批評家、美術家
日本建築学会会員、日本ラカン協会幹事、アートスタディーズ・ディレクター
著書に『反覆・新興芸術の位相』(田畑書店)
『彦坂尚嘉のエクリチュール/日本現代美術家の思考』(三和書籍)
ひこさか なおよし/1946年、東京世田谷生まれ。ブロガー、美術批評家、美術家
日本建築学会会員、日本ラカン協会幹事、アートスタディーズ・ディレクター
著書に『反覆・新興芸術の位相』(田畑書店)
『彦坂尚嘉のエクリチュール/日本現代美術家の思考』(三和書籍)
タグ:宮沢りえ











「宮沢りえ」の蜃気楼のような「非」存在感はバブル期とその崩壊、自殺者年間3万人のこの社会を表徴し得ているのではないでしょうか。
by コア (2008-05-19 22:25)
《象徴界》《想像界》《現実界》の3界を持ち、固体/液体/気体の3様態を持つ人格。というのは非常に稀な水準であると推察します。
そして彼女自身がハイ・アートかつシリアスアートとしての芸術。
「女優」と言う存在に投げかけられた最も感動的な讃辞の一つですね。
by NO NAME (2008-05-20 11:15)
コメント
by 大北修 (2011-11-17 11:12)
宮沢りえがとても好きになりました。
ありがとうございます(^_^)☆
by 大北修 (2011-11-17 11:13)